第22話 バージンロード

               10


「やだ」


 百斬丸は、一言だけ言った。


「え?」


 やだ、って何が?


 あたしに、魔物の部位を卸すこと?


 それとも?


「俺も引退する」


「ちょっと、マルくん何言ってんのよ?」


「一人じゃ無理だ。姐さんの店を手伝う」


 え?


 え?


「ふぐう」


 ついに、百斬丸は泣き出した。


 軽快に走っていた足が、止まってしまう。


 地下十三階。


 ええええっ!


 百斬丸の威圧の効果が消え、辺りに魔物の気配が戻って来た。


 シャインと新兵衛は、遥か後方に置き去りにされていて、この場にいない。


 奴ら何階にいるんだろう?


 生きてるかな?


 あたしは、牽制のため、前方の通路に向けて、炎の呪文を打ち込んだ。


 あたしが、威圧を放っても良かったのだが、動揺していたから、そんな余裕はない。


 そりゃ、あたしだって、今までに『もしかして、マルくん、あたしのこと好きなのかな?』なんて、思ったことがないとは言わないけど、だからといって、あたしから言い寄って、『行き遅れが勘違いして、がっついてんじゃねえよ』なんて思われた日には立ち直れない。


 魔王の前に一人で立て、と言われてもびびらないが、こっちは無理だ。


 こう見えて、あたしは乙女なのだ。


 だからといって、『刃の下に心を置く』を旨とする忍者の百斬丸は、あたしが一瞬、もしかして、と思った時でも、強い自制心を働かせて、すぐ何事もない様子に戻ってしまっていた。


 今回のような事件でもなければ、百斬丸が感情をあらわにすることなどなかっただろう。


 そう考えると、あたしの石化は、良い切っ掛けになったのか?


「ねえ、マルくん、それってあたしと暮らしたいってこと?」


 あたしは、百斬丸の腕の中で、百斬丸の顔を見上げながら、確認の言葉を口にした。


「それとも、行き遅れ女の勘違いかしら?」


 百斬丸が息をのむ。


 百斬丸の涙は、引っ込んでいた。


 百斬丸が足を止めたため、通路前方からロイヤル三姉妹が、三つ巴になって戻って来た。


 頭上から、あたしたちを照らしだす。


 音もなく背後に忍び寄り、相手の首を掻き切る忍者の百斬丸が、顔や耳はおろか、首まで赤く染めていた。


 うそうそ。この子、本気よ!


「自分の口で言って」


「姐さんと一緒に暮らしたい」


 百斬丸は、あたしの目を見つめながら言い切った。


 あたしは、百斬丸の首の後ろに両手を回した。


 身を持ち上げるようにして、百斬丸の唇に、あたしの唇を押し付けると、強く吸い合ってから放す。


「だったら、あたしのことは、姐さんじゃなくて、ヴェロニカって呼びなさい」


 あたしは、照れ隠しに、てへ、と、百斬丸に笑いかけた。


 もっとも、百斬丸に、あたしを『姐さん』と呼ぶよう指導したのも、あたしだけどね。


               11


 後に、『白い輝き』隊のリーダー、シャインは、メンバーの半数が引退することになった地下二十二階探索以降・・に起きた、特に地下十三階での事件について、他の探索者たちから聞かれる度に、こう語った。


「まったく、俺たちは何を見せつけられてるんだって、心底、思ったよ。ボッタクル夫婦のバージンロードは、地下二十二階からカルト寺院まで一直線につながってるんだ」


 地上に着き、百斬丸に抱かれたまま、カルト寺院に駆け込んでいく、ヴェロニカの白の魔女ローブは、さながら、ウェディングドレスだったという。


 結局、ヴェロニカの石化は、カルト寺院の手には負えず、ただ託宣が下された。


 もはや『賢者の石液エリクサー』の秘薬を使うしかない、と。


               12


 夕刻、配達を終えた、うちの人マルくんが、お店に戻って来た。


 他のお客さんたちがいるにもかかわらず、お店の床板を熱心に雑巾で磨き上げている、若い二人の探索者の姿に、夫は、驚き顔だ。


 あたしは、やんちゃをした二人に、後片付けだけではなく、店内の模様替えも行わせていた。夫が配達に行く前と今では、徹底的に棚の配置が変わっている。


 ただ、倒れた棚を元に戻しただけでは、店で何が起こったのか、夫は、察してしまう。


 派手に模様替えをしておけば、不思議には思うかもしれないが、そこまでは疑わないだろう。


 もし、夫に事件がばれたら、瞬間的に、この二人の首は飛ぶだろう。


 やるなら、せめて店の外でしてほしい。


 それより心配なのは、夫が、黒幕である大手商店に殴りこんでしまうことだ。


 命の心配はしていないが、迷宮外で起こした事件は、闇に葬れない。


 誰かが捕らえに来たら返り討ちにするだけだが、そうせずにすむように、この街を去らなくてはならなくなるだろう。


 せっかく、念願のお店と庭を持ったのに、それは嫌だ。一応、土づくりに励んだのだ。


 将来、もし、大手商店に『賢者の石液エリクサー』を取り扱う機会があり、あたしに売ってくれなかった際には、心置きなく、奪い取りに行けるよう、まだ、大手商店には、嫌な奴のまま、商売を続けていてほしかった。


 うちのような零細商店よりも、大手商店たちのほうが、『賢者の石液エリクサー』を取り扱える可能性は高いだろう。うちとは、資本力が違う。


「いらっしゃいませ?」と、顔と語尾に疑問符をつけながら、夫は、若い二人に怪訝そうに声をかけた。


「あんたたち、大体、綺麗になったから、もういいわよ」


 あたしは、二人に声をかけた。


「へい、姐さん」と、二人は立ち上がった。


「こちら、新米探索者さんたち。元ベテラン探索者として探索の心構えを教える代わりに、お店の模様替えを手伝ってもらったの」


 あたしは、夫に、二人組を紹介した。


「これ、あたしの旦那」と、二人組にも、夫を紹介する。


「アニキ。姐さんには、大変、お世話になっております」


 あまり探索者らしからぬ物言いで、二人は、夫に挨拶をした。


「いや、こちらこそ」


 様変わりした店内の様子を見回しながら、夫は応じた。


「じゃ、二人とも、帰った、帰った」


 あたしは、二人から雑巾を受け取ると、車椅子で店の出入口まで追いかけるようにして、二人組を店内から追い出した。


 夫の元に戻って来た、あたしに対して、


「姐さん呼びなんて懐かしいな」


 二人が出て行った、お店の出入口を見つめながら、夫が言った。


「そう? シャインと、しんちゃんは、まだそう呼ぶわよ」


 あたしは、もう、シャインを、リーダーとは呼んでいない。一種のけじめだ。


「あの二人は別さ。ん?」


 うちの人が、突然ハッとした顔になった。


 慌てて、お店を飛び出していく。


 やばい。


 もしかして、あたしが、返り討ちにした相手を舎弟にして、姐さん呼びさせる癖を思い出した? 昔、夫にそうしたように。


 あたしは、お店の出入口まで移動すると、外を見た。


「ちょっとお客さん!」


 店内まで聞こえるような大声で、夫は、二人組を呼び止めた。


 薬用植物の茂みに挟まれた小道の真ん中で、二人に追いつく。


 ダメ! そこじゃ、まだ植物に血がかかっちゃう。


「これ、うちの割引券。次来た時にでも使ってください」


 夫は、二人組に、懐から出した商品割引券を渡しただけだ。


 二人は、無事に帰って行った。


 一安心。


 でもね、マルくん。多分、もう二人は、お店には来ないんだ。






◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード2を読んでいただきありがとうございました。


 もし良かったら、★評価とフォローをお願いします。


 ★評価は、下記のリンク先を下方にスライドさせた場所から行えます。


 https://kakuyomu.jp/works/16817139554988499431


 よろしくお願いします。


                                  仁渓拝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る