第22話 バージンロード
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「やだ」
百斬丸は、一言だけ言った。
「え?」
やだ、って何が?
あたしに、魔物の部位を卸すこと?
それとも?
「俺も引退する」
「ちょっと、マルくん何言ってんのよ?」
「一人じゃ無理だ。姐さんの店を手伝う」
え?
え?
「ふぐう」
ついに、百斬丸は泣き出した。
軽快に走っていた足が、止まってしまう。
地下十三階。
ええええっ!
百斬丸の威圧の効果が消え、辺りに魔物の気配が戻って来た。
シャインと新兵衛は、遥か後方に置き去りにされていて、この場にいない。
奴ら何階にいるんだろう?
生きてるかな?
あたしは、牽制のため、前方の通路に向けて、炎の呪文を打ち込んだ。
あたしが、威圧を放っても良かったのだが、動揺していたから、そんな余裕はない。
そりゃ、あたしだって、今までに『もしかして、マルくん、あたしのこと好きなのかな?』なんて、思ったことがないとは言わないけど、だからといって、あたしから言い寄って、『行き遅れが勘違いして、がっついてんじゃねえよ』なんて思われた日には立ち直れない。
魔王の前に一人で立て、と言われてもびびらないが、こっちは無理だ。
こう見えて、あたしは乙女なのだ。
だからといって、『刃の下に心を置く』を旨とする忍者の百斬丸は、あたしが一瞬、もしかして、と思った時でも、強い自制心を働かせて、すぐ何事もない様子に戻ってしまっていた。
今回のような事件でもなければ、百斬丸が感情を
そう考えると、あたしの石化は、良い切っ掛けになったのか?
「ねえ、マルくん、それってあたしと暮らしたいってこと?」
あたしは、百斬丸の腕の中で、百斬丸の顔を見上げながら、確認の言葉を口にした。
「それとも、行き遅れ女の勘違いかしら?」
百斬丸が息をのむ。
百斬丸の涙は、引っ込んでいた。
百斬丸が足を止めたため、通路前方からロイヤル三姉妹が、三つ巴になって戻って来た。
頭上から、あたしたちを照らしだす。
音もなく背後に忍び寄り、相手の首を掻き切る忍者の百斬丸が、顔や耳はおろか、首まで赤く染めていた。
うそうそ。この子、本気よ!
「自分の口で言って」
「姐さんと一緒に暮らしたい」
百斬丸は、あたしの目を見つめながら言い切った。
あたしは、百斬丸の首の後ろに両手を回した。
身を持ち上げるようにして、百斬丸の唇に、あたしの唇を押し付けると、強く吸い合ってから放す。
「だったら、あたしのことは、姐さんじゃなくて、ヴェロニカって呼びなさい」
あたしは、照れ隠しに、てへ、と、百斬丸に笑いかけた。
もっとも、百斬丸に、あたしを『姐さん』と呼ぶよう指導したのも、あたしだけどね。
11
後に、『白い輝き』隊のリーダー、シャインは、メンバーの半数が引退することになった地下二十二階探索
「まったく、俺たちは何を見せつけられてるんだって、心底、思ったよ。ボッタクル夫婦のバージンロードは、地下二十二階からカルト寺院まで一直線につながってるんだ」
地上に着き、百斬丸に抱かれたまま、カルト寺院に駆け込んでいく、ヴェロニカの白の魔女ローブは、さながら、ウェディングドレスだったという。
結局、ヴェロニカの石化は、カルト寺院の手には負えず、ただ託宣が下された。
もはや『
12
夕刻、配達を終えた、
他のお客さんたちがいるにもかかわらず、お店の床板を熱心に雑巾で磨き上げている、若い二人の探索者の姿に、夫は、驚き顔だ。
あたしは、やんちゃをした二人に、後片付けだけではなく、店内の模様替えも行わせていた。夫が配達に行く前と今では、徹底的に棚の配置が変わっている。
ただ、倒れた棚を元に戻しただけでは、店で何が起こったのか、夫は、察してしまう。
派手に模様替えをしておけば、不思議には思うかもしれないが、そこまでは疑わないだろう。
もし、夫に事件がばれたら、瞬間的に、この二人の首は飛ぶだろう。
やるなら、せめて店の外でしてほしい。
それより心配なのは、夫が、黒幕である大手商店に殴りこんでしまうことだ。
命の心配はしていないが、迷宮外で起こした事件は、闇に葬れない。
誰かが捕らえに来たら返り討ちにするだけだが、そうせずにすむように、この街を去らなくてはならなくなるだろう。
せっかく、念願のお店と庭を持ったのに、それは嫌だ。一応、土づくりに励んだのだ。
将来、もし、大手商店に『
うちのような零細商店よりも、大手商店たちのほうが、『
「いらっしゃいませ?」と、顔と語尾に疑問符をつけながら、夫は、若い二人に怪訝そうに声をかけた。
「あんたたち、大体、綺麗になったから、もういいわよ」
あたしは、二人に声をかけた。
「へい、姐さん」と、二人は立ち上がった。
「こちら、新米探索者さんたち。元ベテラン探索者として探索の心構えを教える代わりに、お店の模様替えを手伝ってもらったの」
あたしは、夫に、二人組を紹介した。
「これ、あたしの旦那」と、二人組にも、夫を紹介する。
「アニキ。姐さんには、大変、お世話になっております」
あまり探索者らしからぬ物言いで、二人は、夫に挨拶をした。
「いや、こちらこそ」
様変わりした店内の様子を見回しながら、夫は応じた。
「じゃ、二人とも、帰った、帰った」
あたしは、二人から雑巾を受け取ると、車椅子で店の出入口まで追いかけるようにして、二人組を店内から追い出した。
夫の元に戻って来た、あたしに対して、
「姐さん呼びなんて懐かしいな」
二人が出て行った、お店の出入口を見つめながら、夫が言った。
「そう? シャインと、しんちゃんは、まだそう呼ぶわよ」
あたしは、もう、シャインを、リーダーとは呼んでいない。一種のけじめだ。
「あの二人は別さ。ん?」
うちの人が、突然ハッとした顔になった。
慌てて、お店を飛び出していく。
やばい。
もしかして、あたしが、返り討ちにした相手を舎弟にして、姐さん呼びさせる癖を思い出した? 昔、夫にそうしたように。
あたしは、お店の出入口まで移動すると、外を見た。
「ちょっとお客さん!」
店内まで聞こえるような大声で、夫は、二人組を呼び止めた。
薬用植物の茂みに挟まれた小道の真ん中で、二人に追いつく。
ダメ! そこじゃ、まだ植物に血がかかっちゃう。
「これ、うちの割引券。次来た時にでも使ってください」
夫は、二人組に、懐から出した商品割引券を渡しただけだ。
二人は、無事に帰って行った。
一安心。
でもね、マルくん。多分、もう二人は、お店には来ないんだ。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード2を読んでいただきありがとうございました。
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仁渓拝
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