第21話 引退

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 迷宮探索を長時間続けるためには、なるべく魔力を温存して、物理攻撃のみで魔物を倒す必要がある。


 今回は、帰還するだけだ。魔力の温存は必要なかった。


 しかも、現在地は、実質的な本探索における最深部だ。


 この先、帰路を進めば進むほど階層は浅くなり、必然的に現れる魔物は弱くなる。


 浅くなれば、そもそも百斬丸の威圧に臆して、でてくる魔物は、ほぼいなくなるはずだ。


 威圧に抗い、普通に魔物が現れるのは、せいぜい、地下十階以深の階層にいる間だけだろう。


 したがって、あたしの魔法の使い時も、そこまでである。


 仮に魔法の一撃では仕留められなかったとしても、魔物から反撃をくらわずに、横をすり抜けられさえすれば、問題はない。とどめはシャインと新兵衛が何とかするだろう。


 そう考えると、残っているあたしの魔力は、必要量に対して、実質的に無尽蔵みたいなものだ。ガンガンいけるぜ。


 通路のはるか先で、ロイヤル三姉妹が照らす明かり内に魔物の姿が見えるや否や、あたしは呪文をぶっ放した。


 炎、爆発、氷、雷撃、その他各種諸々の魔法を、相手によって的確に使い分ける。


 地下二十二階こそ初挑戦だったが、地下二十一階までのエリアは、何度も往復して探索を繰り返していた。出てくる魔物の特徴や弱点は把握済みだ。


 瞬殺する。


 一対一の全力勝負だったら、相手が地下二十一階の魔物だとしても、あたしは負けない。


 とどめは後ろに任せればいいと思っていたけれども、実際は、シャインと新兵衛の手を煩わせる事態にはならなかった。


 もちろん、百斬丸にクリティカルはおろか、短刀を抜かせもしない。


 通路に横たわる魔物の焼け焦げや、氷の彫像、爆散した破片等をよけながら、二十一、二十、十九、十八、淡々と百斬丸は走り続けた。


 変わらず、怖い顔だ。


「マルくん、顔が怖いよ。こんないい女、抱き上げてんだから、もっとニコニコ嬉しそうにしてくれないと」


 あたしは、ちゃかす。


 そんなに責任を感じてしまわれると、あたしがしんどい。


 むしろ、あたしは、助けられたのだ。


 あの時、百斬丸が、引っ張ってくれなかったら、間に合わなかった。


 百斬丸は、あたしを、一刻も早くカルト寺院まで連れて行けば治る、と思っているようだが、実のところ、あたしは寺院には何ら期待をしていない。


 あたしがいた・・頃、本院にすら、あたしより優秀な人材はいなかった・・・・・


 今だっていないだろう。まして、ここのは田舎街の分院だ。


 あたしが、治せないのだから、カルト寺院に行ったところで治療は不可能だ。


 せいぜい、「もはや『賢者の石液エリクサー』の秘薬を使うしかない」という、託宣が出される程度だろう。


 賢者の石液エリクサーは、伝説の万能薬だ。あらゆる状態異常を治療する。


 何年かに一度、相続税対策として、どこかの貴族の収蔵品がオークションに出される場合があるが、落札金額は法外だ。そもそも治療薬としてより、好事家の投機対象と見なされているため、実際に、薬として使用されることは、まずない品である。


 そのエリクサーとて、もともとは、どこかの探索者が奇跡的に手に入れた品が、ギルドを経由し、世に出てきたはずの物だが、生憎、ここの迷宮では、まだ発見された実績はなかった。


 地下二十二階より深く潜ればあるのか、そもそも、ここには存在していないのかは、誰にもわからない。


 もっとも、エリクサーが手に入れば、本当にあたしの足が治るのかというと別問題だが。


 世に眠るエリクサーの中には、実際に薬として使われないのをいいことに、ばれないからと、結構な頻度で偽物があるのではないかと、あたしは疑っている。


 偽物のエリクサーなど、いくら飲んでも効きはすまい。


『お姫様抱っこ』をされ、百斬丸の腕の中で揺られながら、あたしは、あたしの足を見た。


 足首まで、真っ黒い石になっている。


『引退』の二文字が脳裏に浮かんだ。


 この足では、探索者稼業は続けられない。


 予定よりちょっと早いが、余生は自家製魔法アイテムの店をやりながら魔法の研究に没頭する、という夢の進め時だ。


 アイテムショップで荒稼ぎをして、賢者の石液エリクサーなんか、オークションで、いくらでも競り落とせるだけの大金持ちになってやる。


 もしくは、自分で作ってやるわ。


 あたしが、新商売に野心に燃やしていると、


「こんな顔してこらえてないと泣きそうなんだ」


 百斬丸が、あたしに答えた。


「へ?」と、あたしは耳を疑う。


『白い輝き』斬り込み隊長の百斬丸が、泣きそうだって?


「何言ってんのよ」


「姐さん、本当に死なないよね?」


 そう言う、百斬丸の声は、確かに泣きそうだ。


「あはははは。死なない。死なない。さっきも言ったでしょ」


 あたしは、盛大に笑い飛ばした。


「でも、一緒に探索者やるのは、もう無理かな。引退したら、魔法の腕を活かして、自家製回復薬とか魔法アイテムの店を開こうと思ってたんだけどね。予定が少し、早まっちゃった。マルくんたちには、特別に安く売ってあげる。その代わり、材料になる魔物の部位を手に入れたら、あたしのところに卸してね」


 百斬丸は、何も言わなかった。


 十七、十六、十五、十四、黙々と走りつづける。


 沈黙が居たたまれなくなったあたしは、バカみたいな話を続けた。


「あたし、前から思ってたんだけど、一獲千金を夢見て地下に潜る探索者の大半は、すぐ死んじゃうけど、その探索者を食い物にしている大手商店の方がよっぽど金持ちよね。しかも、自分は安全なまま。そっちのが勝ち組じゃない。引退したら、そういう店をやろうって決めてたんだ」


「やだ」


 百斬丸は、一言だけ言った。

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