第20話 お姫様だっこ
8
「俺のせいだ」
突然、悲痛な声を百斬丸があげた。
「俺が潜んでいる敵の気配に気づけてさえいれば、不用意に奥まで入り込まなかった」
「マルくんのせいじゃないわよ。あの闇に気配なんて、そもそもないの。光の精霊の召喚と同じ。こちらの世界にでてきて初めて存在する。隠れている間は存在していないんだから、気配なんてない」
百斬丸は、悔しそうに歯を食いしばっていた。
声を絞り出す。
「姐さん死んじゃうの?」
「ばっか。すぐには死なないわよ。治せはしないけど、進行なら止められ」
あたしは、言いかけて、言い直した。
「ないかな。でも、遅らせはできる」
あたしは、再び、呪文を唱えた。
何者の侵入も阻む結界の呪文。
白い石材ブロックから外に闇が出てこないよう、過去の誰かが通路の境界面にかけたであろう呪文と、多分、同系のものだ。
あたしは自分の両足首の、石化した部分より少し上の位置を、左右の手で、それぞれつかんだ。
魔力を注ぎ込む。
つかんだ親指と人差し指を結ぶ丸い輪のラインで、石化が止まった。
自分の両足首に結界を張ったのだ。
時々、結界を上書きしてやる必要があるだろうが、これで、少なくとも、年単位で進行を遅らせられる。手遅れまでに、非石化の方法を見つければ、問題ない。
百斬丸は、あたしの呪文の発動状況を、不安そうな顔で見つめていた。
シャインと新兵衛も見守っている。
「治った?」
という、百斬丸の問いに、
「治んないわよ。進みを遅らせただけ。ここじゃ、これ以上のことはできないわ」
「じゃ、帰ろう。カルト寺院なら治せるかもしれない。姐さんは、歩けないだろうから俺が運ぶ」
カルト寺院は、地上にある教会だ。
お布施次第で、探索者の治療をしてくれる。
百斬丸は立ち上がると、怖い顔で、シャインを睨んだ。
本当は睨んだわけではなく、それでいいよな、という目力による確認だ。
気圧されたように、シャインは頷いた。
「そうだな。ここへは姐さんが治ってから、また来ればいい」
百斬丸は、おもむろに鎧を脱ぎだした。
『白い輝き』隊の証である、白い皮鎧だ。
具足や手甲も外していく。
「どうしたの?」
「捨てていく。姐さんを運んで走れるよう身軽にならないと」
「失礼ね。そんな重くないわ。大体、何が『死んじゃうの?』よ。あんた、あたしのこと、暗殺しようとしてたくせに」
出会った時の話だ。
その際、ボコボコに叩きのめして舎弟にした。
それゆえの『姐さん』呼びだ。
シャインと新兵衛も、面白がって、真似して呼びだした。
「キリマルと姐さんの荷物は俺とシンベエで手分けして持つよ」
シャインが言うと、新兵衛も頷いた。それぞれ手分けして、百斬丸の荷物を持つ。
百斬丸は、短刀を一本だけ
軽く屈伸運動をして、走る準備をする。
あたしは、光の精霊を召喚した。
百斬丸は、夜目が効くから良いとしても、あたしには無理だ。
相手が見えなければ、百斬丸の背中から、援護の魔法を放つこともできない。
強制的に召喚を解除されていた、ジェーン、キャシー、ドミニクのロイヤル三姉妹が、すぐ召喚に応じて姿を現した。
以前に召喚していた際よりも、明らかに光の玉の径が小さい。
これでは、ロイヤルじゃない、ただのウィスプだ。
強制解除により、エネルギーの多くを失くしたようである。
三体合わせて、以前の一体分の光量にも及ばないだろう。
よかった。けれども、生きてくれていた。
不安なのか、三体は、お互い離れ合わず、絡まり合うようにして一緒に飛んでいる。
ロイヤル三姉妹には、三つ巴の状態でいいので、前方を照らして飛んでもらおう。
「シャインと新兵衛は、後から追ってきて」
百斬丸が、真剣な顔つきで、二人に言った。
「本気で走ったら、多分、ついてこられないから」
シャインと新兵衛は、顔を見合わせた。
シャインが、呆れたように笑いかけた。
「おいおい。一番重たい荷物を持つのは、おまえなんだぜ。露払いぐらい任せてくれ」
「重くないわ!」
あたしは、大否定だ。
新兵衛が、自分とシャインの明かりに魔法を重ね掛けして、持続を強化した。
「じゃあ、二人は後ろからくる敵の攻撃に対応して」
百斬丸が言い方を変えた。
例えば、
実際は、前を走られると、邪魔だということだ。
「リーダー、あたしもその方がいいと思う。魔力が、まだほとんど残っているから、ガンガン撃てるわ。前にいられると巻き込んじゃう」
あたしは、言葉足らずの百斬丸に助け舟を出した。
地下二十二階を探索するつもりで、ここまで魔力は温存してきた。
撤退と回復で少し使っただけなので、実質、ほぼ満タン状態だ。
百斬丸は、多分、
前に仲間に立っていられると、確かに邪魔だ。
もっとも、あたしは、百斬丸がクリティカルを必要とするほど近くに、魔物を寄らせるつもりはなかった。その前に魔法でぶち倒す。
意図は、シャインと新兵衛にも通じたようだ。
「わかった。疲れたら、すぐ言ってくれよ。露払い代わるから」
シャインの言葉を肯定するように新兵衛も頷く。新兵衛は、無口さんだ。
百斬丸は、怖い顔をしたままである。
あたしの石化は自身の失敗のせいであると、本気で悔やんでいるのかもしれない。
百斬丸が、あたしの傍らにかがむと、おもむろに、あたしを抱き上げた。
「きゃ」
あたしは、思わず、可愛い声を上げてしまった。
てっきり、おんぶだと思っていたのに、まさかの『お姫様だっこ』だった。
ひゃっほう。
あたしは、テンション、バク上がりだ。
恥ずかしながら、今まで『お姫様だっこ』の経験はない。
両手が塞がっていないから、これなら、いくらでも魔法を放てる。
あたしより身長の低い百斬丸なのに、あたしを抱き上げても、ふらりともしていない。
鎧を着ていないから、シャツの下にある百斬丸の鍛えられた肉体を直接感じる。
百斬丸が、前方の通路に対して威圧を放った。
弱かったり、用心深い魔物は、自分から逃げていくはずである。
もし、出てきたら、あたしが魔法で吹っ飛ばしてやる。
「行こう」
百斬丸が走り出した。
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