第20話 お姫様だっこ

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「俺のせいだ」


 突然、悲痛な声を百斬丸があげた。


「俺が潜んでいる敵の気配に気づけてさえいれば、不用意に奥まで入り込まなかった」


「マルくんのせいじゃないわよ。あの闇に気配なんて、そもそもないの。光の精霊の召喚と同じ。こちらの世界にでてきて初めて存在する。隠れている間は存在していないんだから、気配なんてない」


 百斬丸は、悔しそうに歯を食いしばっていた。


 声を絞り出す。


「姐さん死んじゃうの?」


「ばっか。すぐには死なないわよ。治せはしないけど、進行なら止められ」


 あたしは、言いかけて、言い直した。


「ないかな。でも、遅らせはできる」


 あたしは、再び、呪文を唱えた。


 何者の侵入も阻む結界の呪文。


 白い石材ブロックから外に闇が出てこないよう、過去の誰かが通路の境界面にかけたであろう呪文と、多分、同系のものだ。


 あたしは自分の両足首の、石化した部分より少し上の位置を、左右の手で、それぞれつかんだ。


 魔力を注ぎ込む。


 つかんだ親指と人差し指を結ぶ丸い輪のラインで、石化が止まった。


 自分の両足首に結界を張ったのだ。


 時々、結界を上書きしてやる必要があるだろうが、これで、少なくとも、年単位で進行を遅らせられる。手遅れまでに、非石化の方法を見つければ、問題ない。


 百斬丸は、あたしの呪文の発動状況を、不安そうな顔で見つめていた。


 シャインと新兵衛も見守っている。


「治った?」


 という、百斬丸の問いに、


「治んないわよ。進みを遅らせただけ。ここじゃ、これ以上のことはできないわ」


「じゃ、帰ろう。カルト寺院なら治せるかもしれない。姐さんは、歩けないだろうから俺が運ぶ」


 カルト寺院は、地上にある教会だ。


 お布施次第で、探索者の治療をしてくれる。


 百斬丸は立ち上がると、怖い顔で、シャインを睨んだ。


 本当は睨んだわけではなく、それでいいよな、という目力による確認だ。


 気圧されたように、シャインは頷いた。


「そうだな。ここへは姐さんが治ってから、また来ればいい」


 百斬丸は、おもむろに鎧を脱ぎだした。


『白い輝き』隊の証である、白い皮鎧だ。


 具足や手甲も外していく。


「どうしたの?」


「捨てていく。姐さんを運んで走れるよう身軽にならないと」


「失礼ね。そんな重くないわ。大体、何が『死んじゃうの?』よ。あんた、あたしのこと、暗殺しようとしてたくせに」


 出会った時の話だ。


 その際、ボコボコに叩きのめして舎弟にした。


 それゆえの『姐さん』呼びだ。


 シャインと新兵衛も、面白がって、真似して呼びだした。


「キリマルと姐さんの荷物は俺とシンベエで手分けして持つよ」


 シャインが言うと、新兵衛も頷いた。それぞれ手分けして、百斬丸の荷物を持つ。


 百斬丸は、短刀を一本だけいた姿になった。


 軽く屈伸運動をして、走る準備をする。


 あたしは、光の精霊を召喚した。


 百斬丸は、夜目が効くから良いとしても、あたしには無理だ。


 相手が見えなければ、百斬丸の背中から、援護の魔法を放つこともできない。


 強制的に召喚を解除されていた、ジェーン、キャシー、ドミニクのロイヤル三姉妹が、すぐ召喚に応じて姿を現した。


 以前に召喚していた際よりも、明らかに光の玉の径が小さい。


 これでは、ロイヤルじゃない、ただのウィスプだ。


 強制解除により、エネルギーの多くを失くしたようである。


 三体合わせて、以前の一体分の光量にも及ばないだろう。


 よかった。けれども、生きてくれていた。


 不安なのか、三体は、お互い離れ合わず、絡まり合うようにして一緒に飛んでいる。


 ロイヤル三姉妹には、三つ巴の状態でいいので、前方を照らして飛んでもらおう。


「シャインと新兵衛は、後から追ってきて」


 百斬丸が、真剣な顔つきで、二人に言った。


「本気で走ったら、多分、ついてこられないから」


 シャインと新兵衛は、顔を見合わせた。


 シャインが、呆れたように笑いかけた。


「おいおい。一番重たい荷物を持つのは、おまえなんだぜ。露払いぐらい任せてくれ」


「重くないわ!」


 あたしは、大否定だ。


 新兵衛が、自分とシャインの明かりに魔法を重ね掛けして、持続を強化した。


「じゃあ、二人は後ろからくる敵の攻撃に対応して」


 百斬丸が言い方を変えた。


 例えば、非狒々熊ひひひぐまのように、一度獲物を素通りさせた後、背後から襲い掛かる習性の魔物がいる。そういう相手の対応を頼むという意味だが、真意は違った。


 実際は、前を走られると、邪魔だということだ。


「リーダー、あたしもその方がいいと思う。魔力が、まだほとんど残っているから、ガンガン撃てるわ。前にいられると巻き込んじゃう」


 あたしは、言葉足らずの百斬丸に助け舟を出した。


 地下二十二階を探索するつもりで、ここまで魔力は温存してきた。


 撤退と回復で少し使っただけなので、実質、ほぼ満タン状態だ。


 百斬丸は、多分、首絶ちクリティカルを、頻発して使う気なのだろう。


 前に仲間に立っていられると、確かに邪魔だ。


 もっとも、あたしは、百斬丸がクリティカルを必要とするほど近くに、魔物を寄らせるつもりはなかった。その前に魔法でぶち倒す。


 意図は、シャインと新兵衛にも通じたようだ。


「わかった。疲れたら、すぐ言ってくれよ。露払い代わるから」


 シャインの言葉を肯定するように新兵衛も頷く。新兵衛は、無口さんだ。


 百斬丸は、怖い顔をしたままである。


 あたしの石化は自身の失敗のせいであると、本気で悔やんでいるのかもしれない。


 百斬丸が、あたしの傍らにかがむと、おもむろに、あたしを抱き上げた。


「きゃ」


 あたしは、思わず、可愛い声を上げてしまった。


 てっきり、おんぶだと思っていたのに、まさかの『お姫様だっこ』だった。


 ひゃっほう。


 あたしは、テンション、バク上がりだ。


 恥ずかしながら、今まで『お姫様だっこ』の経験はない。


 両手が塞がっていないから、これなら、いくらでも魔法を放てる。


 あたしより身長の低い百斬丸なのに、あたしを抱き上げても、ふらりともしていない。


 鎧を着ていないから、シャツの下にある百斬丸の鍛えられた肉体を直接感じる。


 百斬丸が、前方の通路に対して威圧を放った。


 弱かったり、用心深い魔物は、自分から逃げていくはずである。


 もし、出てきたら、あたしが魔法で吹っ飛ばしてやる。


「行こう」


 百斬丸が走り出した。

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