第25話 孤児院

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「で、連れて帰ってきちゃったと?」


 少女を伴い、店に戻って来た俺が事情を話すと、呆れたような声を、かみさんヴェロニカはあげた。


「犬や猫じゃないのよ」


 ヴェロニカは、車椅子に座っている。


 両足が、膝の上まで真っ黒く石化していた。


 三年前の迷宮探索で受けた傷の後遺症だ。


 その探索を最後に、探索者を引退して、俺たちは、二人で店を開いた。


 自家製回復アイテムと魔法道具の店、ボタニカル商店。


 店主はヴェロニカ。俺は、配達担当である。


「すまん」


 俺は、項垂うなだれた。


 なぜ、少女を連れ帰ってしまったのかは、俺にもわからない。


 注文取りを終えた俺が、ギルドを出る際、少女はリュックサックを抱いたまま、ギルドの出入口付近の壁際の床に座り込んでいた。


 俺は、反射的に、少女の手からリュックサックをもぎとった。


「ついてこい」


 それ以上は何も言わず、とぼとぼと連れだって、街外れにある自分の店まで歩いて帰ったのだ。


 少女の足に合わせて速度を落としたため、いつもの三倍、時間がかかった。


 途中で、物乞いをしている浮浪児たちが、なぜか目についた。


 今までは気にもしていなかった当たり前の存在に、意識を向けたので、急に気づくようになったとしか思えない。


 気にしていなかったから目に入らなかっただけで、彼らは、今までもいたのである。


 孤児や浮浪児など、街には、掃いて捨てるほどあふれていた。


 探索者の多くが、地下一階の初探索で命を落とすのが当たり前である程度に、この街で人の命は軽い。


 どこかで一獲千金の噂を聞き付けて流れてきた食い詰め者たちが、子どもを連れていた場合、迷宮から戻らぬ親の子は、当然のように路頭に迷った。


 街に放り出された子どもが生き延びるためにできることは少ない。


 何らかの仕事が得られる可能性は、ほぼなかった。


 物乞いか、盗むか、殺すか、といった選択肢が、ほぼすべてだ。


 当然、後者になればなるほど、犯罪者として捕らえられる可能性は高くなる。


 捕らえられたら、人格矯正のための奉仕活動という名目で、一律に迷宮地下一階の清掃作業に送り込まれて、結果的に、自身が地上から清掃される。


 カルト寺院がボランティアで炊き出しを行っているが、すべての対象者に行き渡るものではなかった。


 寺院にとっては、慈善行為を行っている事実のアピールが大切なのであって、街に救われない子どもが残っているか否かは、知ったことではない。


 子どもたちの多くは飢えか、飢えで体力が落ちたところにかかった病気で死ぬ。


 徒党化した、他の子供たちに襲われて命を落とす場合も多くあった。


 迷宮内で発生した遺体は、放置しておけば、魔物や虫が処理をしてくれたが、街中に転がっている遺体を、そのままにはできない。


 探索者ギルドには、朝早く街中に転がっている遺体や死にかけの者たちを集めて迷宮地下一階の所定の場所まで運び、置いてくるという依頼が常設されていた。


 依頼者は、街である。


 内容自体は簡単な運搬業務にあたるため、ルーキー探索者たちから密かに人気の依頼だ。


 但し、運搬の行き帰りに、魔物に襲われないという保証はない。


 むしろ、毎日補充される餌目当てに、周辺には魔物が多く集まっているという話だった。


 その魔物をさらに狙って、探索者も集まる。


 そういう場所が、迷宮の地下一階には存在していた。


 路頭に迷った子どもたちの内、カルト寺院の炊き出しにありつけた者は運が良い。


 さらに、カルト寺院が運営する孤児院に入れる者となると、希少な存在だ。


 表向きは、神の思し召しにより、孤児院の枠が空いているタイミングで保護されるという幸運があったとされるが、実際は、容姿と体格が良い者が選別されているだけである。


 将来、無料の奉仕活動への従事という名目で、奴隷市場で取引されることになるのは、公然の秘密だ。


 無料奉仕なのだから、本人に賃金が支払われないのは当然だろう。


 もっとも、賃金は、それ以前も支払われていないので、本人にとっては何も変わらない。


 見目麗しく、最低限の礼儀と教養を身に着けているため、カルト寺院印の奴隷、もとい、奉仕活動従事者は市場で人気だった。すべては、神の思し召しだ。


 中でも、特に秀でた才能を持ち、本当の本当に運に恵まれている者は、子どもに恵まれない貴族の養子に迎えられたり、寺院に残り、上級司祭となる可能性も皆無ではなかった。


 奉仕活動従事者として売られた者たちであっても、将来解放奴隷となり、市民権を得るものも多い。


 逆に、孤児院を途中で脱走した子どもに対して、寺院は一切の容赦をしない。


 神の御手を拒絶する行為は、すなわち悪魔の所業であるとして、寺院はかかる経費に一切の糸目をかけずに逃げた子どもを必ず探し出し、然るべき報いを受けさせる。


 悪魔は悪魔にふさわしい場所へと送られるべきである。


 要するに、冥府だ。


 まあ、脱走するかしないかはさておき、実際は、ギルドからの依頼で、カルト寺院の孤児院に入れるという扱いは、恵まれているのである。


 前払い金が尽きたからと、そのまま宿の外に放り出すのではなく、わざわざギルドまで連れてきたという点で、『幸運と勇気ラッキー・プラック』が常宿としていた宿の女将は、良心的だ。


 普通の子が、街で拾われ、孤児院行きとなることはまずないが、ギルドを経由すれば、少なくとも孤児院の門は潜れる。


 これは、ギルドの慈善行為と寺院の慈善行為の連携行為とされている。


 ただし、ギルドに預けられていた遭難した親の遺産は、すべてお布施として、カルト寺院に寄進されることになる。


 ギルドを経由して孤児院に入った探索者の子どもが、どこかで大成したという話を寡聞にして聞かないのは、偶々である。


 代わりに、早々に奴隷市場へ売り払われているという噂は、よく聞いた。


 それでも、街で奴隷狩りに捕らえられて奴隷市場に出るより、孤児院経由で奴隷市場に並べられたほうが、いくらかは待遇がましになる。


 奴隷の中には、成りあがって、将来、成功する者も皆無ではないので、やはり、生きていればこそだ。多くの子どもたちは、それにすら気づけぬ内に死んでいく。


 もっとも、カルト寺院の内実をよく知るヴェロニカに言わせれば、寺院が運営する孤児院の評価は、「あんなとこ、クソよ。クソ」というものであった。


 それを耳タコで聞かされていたからこそ、俺は、少女を連れ帰ってしまったのかも知れない。


「すまん」


 と、俺は、ヴェロニカに謝った。


 ヴェロニカは、もっと呆れたような口調で、俺に言った。


「逆よ。もし、マルくんが連れてこない選択をしたと後で知ったら、しこたま怒ってたわ」

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