第17話 祭壇

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 迷宮探索中は、いつも召喚してパーティーの周囲に飛ばしている、三体の光の精霊ウィスプを、あたしは近くに呼び寄せた。


 見かけは、ようするに光の玉である。


 でも、ただの、ウィル・オ・ウィスプではない。


 光の強い、ロイヤル・ウィスプだ。


 一体ずつではわからないが、比べると、三体は、わずかに色が違う。


 やや、赤みが勝ったものを、ジェーン。


 緑が勝ったものを、キャシー。


 青みが勝ったものを、ドミニクと、便宜上、あたしは呼んでいた。


 通称、ロイヤル三姉妹。いや、姉妹かどうかなんて知らないけれど。


 会話はできないが意思は通じる。パーティーの陰のメンバーたちだ。


 人間としての『白い輝き』隊のメンバーは、他に二人。


 侍の五月雨さみだれ新兵衛しんべえと、忍者の百斬丸ひゃきりまるだ。


 新兵衛は、白糸威鎧しろいとおどしよろいで、百斬丸は、白の皮鎧だ。


 四人のメンバーの内、二人も東方のレアな職業がいるパーティーは、なかなか珍しい。


 東方系あっちの名前は呼びづらいので、シャインは、二人を、シンベエ、キリマルと呼んでいた。


 あたしは、しんちゃんとマルくんだ。『ヒャ・キリ・マル』なんて、発音できない。


 シャイン同様、二人から、あたしは、姐さんと呼ばれている。


 ちなみに、あたしは、シャインをリーダーと呼んでいた。


 うちでは、あたしが一番の年長だ。


 シャインと新兵衛は二十四歳、百斬丸は二十二歳だ。


 常に、シャインをリーダーと呼んで立てておかないと、うっかりお姉さんぶってしまう。


 地下二十二階へ降りる階段の幅と壁の高さは、四メートル程だ。


 あたしは、ドミニクのみ、パーティーの傍へ残すと、ジェーンとキャシーを先行させた。


 ロイヤル三姉妹は、テレパシーのような彼女たちなりの意思疎通方法で、通じ合っている。


 暗闇の先に何かが潜んでいた場合は、ジェーンとキャシーから、ドミニクに連絡が来る手筈になっていた。


 ドミニクは、光の明暗の速度と色の濃度で、あたしに様々な事態を知らせる。


 緊急事態の場合には、素早くチカチカ。そうでない場合は、現状維持だ。


 幸い、敵はいないようだ。


「大丈夫みたい」


 あたしは、パーティーメンバーに伝えた。


 まず、百斬丸が動いて、階段の奥を覗き込み、問題なしと判断してから、残ったあたしたちを呼び寄せる。


 あたしたちは、階段の上から、下の階の様子を見下ろした。


 踊り場はなく、階段はまっすぐに伸びている。


 意外と長くて急だ。


 斜距離にして三十メートル、高低差では十五メートル程下に、地下二十二階の床が見えた。ここからでは、角度がありすぎて、通路のさらに先までは視界に入らない。


 下り階段の途中に分岐はなさそうだ。


 ジェーンとキャシーは、階段が終わった地点に滞空している。


 ロイヤル三姉妹に対する双方向のテレパシー的な意思疎通は、あたしでは行えないが、一方的な指示であれば、思うだけで、十分行えた。どこを照らせとか、戻って来いとか、そのような内容だ。


 あたしは、キャシーを、斥候として通路のさらに先へと進ませた。


 ジェーンは、その場に滞空させておく。


 明かりの接近を嫌う魔物は、近づくキャシーに対して、逃げるか隠れるかするであろう。


 逆に明かりを獲物だと思う魔物は、キャシーに襲いかかるはずだ。


 魔物ではない、亜人や魔族の類がいたならば、何か知的な対応があるだろう。


 いずれにしても、キャシーが何かを察したのであれば、ドミニクに合図が来る。


 理想は、あたしたちの存在に、まだ気づいていない相手に対する奇襲だったが、現実的には、ほぼ不可能だ。こちらが、明かりを使っている時点で、相手にあたしたちの接近は隠せなかった。


 百斬丸は、修行の成果で、まったくの暗闇でも温度の違いが視覚的に見てわかる、と無茶なことを言っていたが、あたしを含めて他の三人にはそんなことできないので、明かりは必須だ。普通の人間は、暗闇の中では戦えない。


「行こう」


 シャインが出発の指示を出した。


 階段の右側寄りに百斬丸、左側寄りに新兵衛が立ち、二人で前衛を務めながら階段を下りていく。


 本来、聖騎士は前衛職だが、うちらは前衛が充実しているため、シャインは中衛だ。


 最後尾が、あたしの定位置だ。攻撃、回復、呪文だったら何でもござれの大賢者である。


 違った。美魔女大魔導士だ。


 いずれにしても、二・一・一の陣形で進んでいく。


 階段を下るにつれて、奥でキャシーが照らしている、前方に伸びた通路の様子が、見えてくる。


 ひたすら、まっすぐだ。


 階段にも通路にも分岐はなく、ただ、光の照らす範囲内のどこまでも、直線的に、白い石材造りの通路が伸びている。


 もう少しで、下階に降り立つ。


 あたしは、背後を振り返った。後衛は、背後も警戒範囲だ。


 下って来た階段がある。


 下から見ると、上り階段だ。


 その頂上部に、ぽっかりと上階への口が開いている。


 心が、ざわりとした。


 下から見た階段の景色に見覚えがある。


 昔、闇の儀式が 執り行なわれていた、生贄を捧げるための祭壇を見た。


 その祭壇へ至るための階段が、ここに似ている。


 もっとも、その場合、生贄を捧げるためには階段を上るわけなのだが。


 捧げる相手が天にいるのであれば、祭壇は天に向けられて造られるのが普通であろう。


 例えば、ピラミッドの頂上に。


 けれども、相手が地の底にいるのだとしたら、祭壇は地の底に向けて造られるに違いない。生贄は、階段を下らされる。


 ぞぞぞぞぞ。


 なんか、やばい。


「撤退!」


 あたしは、悲鳴のような声を上げた。

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