第16話 美魔女天才魔導士

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 ダンジョンの地下二十一階。


 周囲は、自然の洞窟だった。


 長い年月をかけて流れた水が、岩の柔らかい部分を削り取ってできた洞窟だ。


 このダンジョンが、階層によって、人工的であったり、自然であったり、様々な地形が入り乱れている理由はよくわからない。


 単純に考えれば、自然の洞窟に人が手を加えた部分が人工的な通路になっているはずだが、一概にそうとばかりは言い切れない。時として、逆に、人工の通路の内側に、自然の洞窟が埋め込まれているような地形すらあった。


 もともとあった人工の通路の内部が砂や土で完全に埋まった後、途方もない年月を経て、通路の内側の土砂が硬化して岩となり、さらにその岩を削り取るように水が流れて、人工の通路内に、洞窟が自然にできた。


 そういう状況が、もしありえるのならば、考えられる理由はそれだろうか。


 だとしても、階によって、人工物の構造や様式がまったく違う理由はわからなかったし、自然の洞窟部分についても、地質がばらばらだ。


 見ようによっては、自然・人工を問わずに、まったく別々のダンジョンから、一階ずつ階層を引きはがしてとってきて、積み重ねたようにも感じられる。


 異世界から勇者が転生や転移したという噂を聞くことがあるが、さながら、異世界の様々なダンジョンそのものが、階層別に転移して、積み重ねられたかのようである。


 たまたま、同階層に自然と人工、別々のダンジョンが転移したため、融合して一つの階層になったのだ。


 そう考えた方が、個人的には納得できる。


 あたしの仮説だ。


 そうだとしても、なぜ異世界のダンジョンが転移してきているのかはわからない。


 逆に、こちらから異世界側に転移している事例もあるのだろうか?


 もしかしたら、異世界ではなく、この世界内での、ダンジョン同士の転移なのかもしれないが。


 いずれにしても、要調査だ。


 仮説を証明し、原因を究明するためには、迷宮探索を、さらに進める必要があるだろう。


 あたしの研究テーマである。


 そんなことを考えつつ、地下二十一階を探索中に発見した、地下二十二階へ降りる階段は、人工物だった。


 今まで自然の地形であった洞窟を進むと、周囲が、突然、白い石材をぴたりと組み上げて造った、壁と天井、床面に変化したのだ。


 その先に、地下二十二階へ降りる階段が口を開けている。


 変化地点の四周を見ると、洞窟を削り、白い石材ブロックを、きりよく積みあげているわけではなく、ブロックの半ば付近で、ブロックそのものが、途中から自然の洞窟の壁面に変化していた。


 さながら、別の金属同士を溶接して、無理やりつなぎ合わせたかのようだ。


 この街のダンジョンについて、あたしが提唱している、『異世界転移発生説』を裏付ける、有力な証拠だ。


 異世界かどうかはさておきにしたとしても、どこか別の場所同士を切り取り、無理やり同じ場所に転移させたならば、このような不自然な接合面が生じるに違いない。


 接合面は、見るからに明らかな境界として、通路の四周を輪のように巻いている。


 手前と奥は別物ですよ、と示すかのようだ。


 さながら、異世界の門である。


 門をくぐると、すぐ先の足元に穴があり、白い石材ブロック造りの階段が、下へ伸びている。


 降りた先は、地下二十二階だ。


 ギルドの立会人がいないため、非公式記録にしかならないが、地下二十二階へ降りるのは、あたしたちのパーティー、『白い輝きホワイトシャイン』隊にも、他のどの隊にとっても、知られている限り、初めてだ。


「止まろう」


 リーダーのシャインが、階段の遥か手前で、全員の足を止めさせた。


 階段の下から、自分の姿が見えるような位置には、立ってはいけない。


 もし、下に敵がいたならば、明かりの中に見える、こちらの姿は格好の標的だ。


 下からの狙い撃ちの、良い標的になってしまう。


あねさん、明かりを頼みます」


 シャインが、あたしに言った。


 シャインは、聖騎士パラディンだ。


 白金プラチナ色の髪をして、縁取りに黄金で象嵌ぞうがんを施した、髪と同じく白金色に輝く全身鎧に身を包んでいる。『白い輝き』隊の名の由来である。


 一見、高貴そうな顔立ちと穏やかな物腰から、行きつけとしている色街の店では、どこぞの君主様の落とし種ではないかという噂があるとかないとか?


 聖騎士ならぬ、君主ロードシャインと呼ばれているらしい。


 いや、君主様、そんな店行かねぇし。


 真偽はともかく、リーダー名を、そのままパーティー名にしている隊は、意外に多い。


 だとしても普通は、シャイン隊とか、そういう単純な呼び方だ。


 自分の名前をもじって、パーティー名にするようなリーダーは、自意識過剰気味と相場が決まっていた。


 うちのシャインも、案の定、派手好きだ。


 迷宮内では、闇に紛れる黒の方が良さそうなものだが、チームカラーを白と決めて、メンバー全員の装備を白く統一した。


 隊の実績が全く同じであるなら、より目立つ方に、ギルドや有力者からの指名依頼は入ってくるというのが、シャインの持論だ。白には清潔感があるという理由もあるらしい。


 実際、そのとおりで、パーティーカラーを白に統一して以降、割のいい仕事が回ってきたり、ギルドから特待的な扱いを受けたりで、あたしたちは、今の地位に上り詰めた。


 誤解しないでほしいのだが、あたしが言っているのは、お陰で効率的に成長ができたという話で、実力もないのに、目立つだけで、ちやほや、されてきたというわけではない。


 事実、探索者の内、 地下二十一階の探索に至れているのは、あたしたちだけだし、次点のパーティーはどこかと言えば、まだ、地下十六階だ。五階も差をつけている。


 目立ちすぎて、うとまれたり、叩かれたり、足を引っ張られたりを、多々、受けてきたが、そのすべてを実力で蹴散らかしてきた『白い輝き』隊は、誰からも一目置かれていた。


 だから、あたしが金糸で刺繡をした白の魔女ローブを身に着けている事実については、触れないでほしい。


 見ようによっては、ウエディングドレスだ。


 じきに二十六歳となる行き遅れの身としては、まったく、痛いったらありゃしない。


 ちょっと前まで、美少女天才魔導士を名乗っていたのに、少女と言えなくなった今となっては、すっかり美魔女だ。さながら、美魔女天才魔導士って、なんじゃそりゃ?


 出会いより、魔道の探求にかまけすぎてきてしまった事実は否めない。


 失敗したかな?


「あいよ」


 シャインの呼びかけに応えて、あたしは前に出た。

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