エピソード2 バージンロード
第13話 ボタニカル商店
1
来客を告げるドアの開閉音がして、店内にお客様が入って来た。
自家製回復アイテムと
三年前に二十五歳で探索者稼業を引退し、夫と二人で、細々と始めた店である。
お陰様で、多くの探索者の皆様のご愛顧により、今日も営業ができている。
「いらっしゃいませ」
あたしは、車椅子に座ったまま、カウンターの内側から、入ってきたお客様に元気よく声をかけた。
若い、二人組の男たちだ。まだ、十五、六歳だろう。
探索者が着る、安い皮革の部分鎧を身に着けていたが、着慣れた感がない。
初めて、鎧を身に着けましたというような、鎧に着られている感が溢れ出していた。
どこかで食い詰めてこの街に流れてきた子たちなのだろうか。
人間相手のやんちゃには場数を積んでいそうだが、ダンジョンには、まだ潜った経験がないのは明らかだ。
どこかで一攫千金の噂を聞き付けた食い詰め者たちが、各地から、この街のダンジョンに潜ろうとやってはくるものの、初探索を無事に終えて、地上へ帰還できる者の数は、驚くほど少ない。
見たところ、魔物相手の戦闘経験はなさそうな二人組が、まだ生きているという事実は、彼らがダンジョンに潜った経験がないという証のようなものだ。
ボタニカル商店の天井には、所狭しと、
店部分の広さは、四十平方メートルほどだ。
一階は、その他に厨房兼調剤室があり、二階が自宅だ。
ボタニカル商店という名前の由来は、ただ自家製の薬草やポーションを製造して売るだけではなく、原料となる薬効植物までをも自家製にしたいと思ったためである。
店内はもちろんだが、店の外の僅かばかりの庭や屋根の上、壁面まで、隙間なく、薬効植物に覆われている。店がある空間そのものが
店に入って来た二人組は、まず、天井に生い茂った植物の姿に、驚いたようである。
次いで、店内の植物に光を与えるために召喚している、三体の
昼前のこの時間帯は、来店されるお客様が、一番少なくなる時間帯である。
今日、ダンジョンに潜る探索者であれば、既に準備を終え、探索を始めているはずであったし、昨日、ダンジョンに潜った探索者であれば、まだベッドの中のはずだ。
生憎、大通りからは外れているため、街へ着いたばかりの初見の探索者が、冷やかしがてら店を覗いていくエリアには入っていない。
要するに、店内に今いるお客さんは、入って来た、この二人だけだった。
店内には、お香のような独特の匂いが漂い、トロピカル感に花を添えている。隣室の厨房兼調剤室で、くつくつと薬草を煮詰めているためだ。
店に入って来た二人組は、左右に分かれて、棚に並べられた様々な商品を見始めた。
商品には、それぞれ効能と値札が書かれている。
一定額以上の金額を一度にまとめて購入していただけると、もれなくダンジョンの奥まで無料で商品を配達するサービスがついてくる。
地下五階と地下七階の安全地帯が主な受け渡し地点だが、毎回同じルートを通って配達をするため、配達ルートの途中でも、配達品の受け取りは可能だった。
ボタニカル商店だけの、独自のサービスだ。
探索者の皆様からは、大変な好評をいただいている。
サービスを始めた当初、複数の同業他店が、うちの真似をして地下への配達サービスに取り組んだが、配達人の遭難が相次いだため、どこも撤退してしまった。
大きくて重たい荷物を限界まで背負って、満足に戦えない状態で地下に潜るというのは、そもそも自殺行為だ。
だからといって、護衛をつけてしまっては、いくら沢山の商品を購入していただいたところで、無料配達では割に合わない。
あたしと同じで元探索者の夫の、逃げ足ありきで成立しているサービスだった。
共同経営者である夫は、この時間、地下深くへの配達に出かけていて不在である。
したがって、店内には、あたしと若いお客さん二人の三人だけだ。
あたしは、車椅子に座ったままでもやりとりができるように、あたしの高さに合わせて低く作られたカウンターの奥から、いつ声をかけられても対応ができるよう、お客さんたちの動きを目で追っていた。
店内を、右回り左回りと別々に見て回っていたお客さんたちが、中央で合流した。
「どうだ?」と、一方が他方に確認している。
「駄目駄目。粗悪品ばかりだ。こんな物、地下で飲んだら、それだけで死んじまうよ」
と、聞き捨てならない会話を交わしている。
「やっぱりか。とんでもないボッタクリだという話は、本当みたいだなあ」
そう言いながら、お客さんは、棚に並んだポーションを一瓶手に取ると、手を放して、床に落っことした。
陳列品に緩衝材は巻いていないため、床にぶつかって、瓶が砕ける。
「俺たち探索者が命懸けで地下に潜るのを食い物にするなんて、まったく許しがたいな」
言うや、もう一方の男はポーションが並ぶ棚の一つを、怪力で引き倒した。
棚に並べられていたポーションの瓶が全て割れて、床に液体が流れていく。
「お客さん!」
あたしは、悲鳴を上げた。
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