第12話 お布施

               12


 探索者ギルドの裏手には、金のない探索者たちが安く飲み食いをするための、飲食施設が併設されていた。


 この迷宮では、探索者の約半数が、初級探索者ひとなみに至らない初心者ルーキーである。地下二階にすら降りられない実力の者たちだ。


 一攫千金を夢見てどこかから流れてきた訳あり者たちは、魔物との戦闘経験もろくにない。


 にもかかわらず、装備らしい装備も持たず、探索者ギルドに登録だけをして地下に潜る。


 多くは初日の地下一階で命を落とした。


 遺体は魔物や虫の餌だ。


 ギルド併設の飲食施設は、探索初日を何とか生きて終えたものの、宿に泊まる金もなく、怪我の治療をする金もない、といった探索者たちが、それでも、なけなしの稼ぎで、飯を食い、酒を飲み、そのまま朝まで過ごすためにある空間だ。


 腹を膨れさせるためだけの飯、ただ酔うためだけの酒。


 翌日は、ひどい宿酔いで迷宮に潜るのだから、二日目には命を落とすのに決まっていた。


 むしろ、死に場所を求めて、この街に流れてきたようなものである。


 それゆえ、ギルドの飲食施設は、『最後の晩餐場』という名で呼ばれていた。


『最後の残飯場』だと、もじって呼ぶ者もいる。


 無一文ではない、一般の探索者たちであれば、まず立ち寄らない空間だ。


 ギルドとしては、食い詰め者たちが食えるようになるまでの期間の食と住を提供する、最低限の互助活動のつもりだったが、死ぬ前に、せめて、腹ぐらいは膨れさせてやろうという、ギルドの慈善事業だと受け取っている者も多い。


 酒の匂い、吐瀉物ゲロの匂い、風呂に入れない体の汗の匂い。悪臭に満ちた空間だ。


 ボタニカル商店の配達人の後を追った新顔パーティーたちは、何とか地上に帰り着いた。


 治療のため、僧侶と魔法使いを担架に載せたまま寺院に駆け込み、担架ごと引き渡す。


 担架は寺院で足場に載せられ、そのまま、ベッドとして利用された。


 そうされることを知っていたのだろう。地上に出るや、配達人は、『担架は後で店に返してくれ』と言い残して、自分の店へ帰ってしまった。


 幸い、手遅れになることなく、最も一般的な回復呪文で、僧侶と魔法使いは一命をとりとめた。


 最も一般的な回復呪文ということは、一番効き目が弱い呪文だ。全快には、ほど遠い。


 一命をとりとめたというだけで、背中の傷は相変わらず、重症のままだった。


 毎日、一度だけ呪文をかけるので、癒えるまで入院しなさいという治療方針だ。


 治療の見返りとして、多額のお布施を求められた。


 入院患者という名の人質として寺院で預かっている間に、他の者たちは、お布施を工面して持ってこい、というのが、寺院のやり方だ。


 治療が、一番弱い呪文のみであるのも、逃がさないための措置である。


 寺院の敷地内では、なぜか呪文を使えない。


 入院している僧侶が、自分や魔法使いに呪文をかけて回復する方法は使えなかった。


 万一、お布施が届かなかった場合は、患者を奴隷として売り飛ばす仕組みである。


 神も仏も存在する隙のない、闇のビジネスだ。


 もっとも、寺院では、奴隷ではなく、『労働体験』という呼び名を使っていた。体験が目的なので、本人に給与は支払われないのは当然だ。あくまで、修行の一環である。


 ちなみに、その場でお布施を寄進できるだけの財力がある相手に対しては、一度で全快が見込める、高級な祈りが捧げられる。


 一方、お布施はもちろん、宿に泊まる金も、一切の装備もアイテムも何も無い、残された新顔パーティーのメンバーは、探索者ギルドの『最後の晩餐場』に転がり込んでいた。


 何だかわからない野菜の切れ端が入った、薄い粥をすすって、安酒をかっくらう。


 腹が膨れる施設と言ったところで、結局は、水っ腹だ。


 当面は、ここを拠点に地下一階に潜り、金を工面するしかないだろう。


 装備は何もなかったが、探索者たちの多くが地下一階で倒れるため、遺体を漁れば、手ぶらよりは、少しはマシになる。ハイエナさながらの、ルーキー狩りだ。


 地下一階の探索者の中には、まだ、遺体になっていない、地下に降りて来たばかりの本当の新米探索者たちを、積極的に遺体にして、なけなしの金を奪う手口の者たちもいる。


 まがりなりにもこちらの新顔パーティーたちは、地下六階の経験者だ。


 実際は、本当の手ぶらではなく、武器代わりに、その辺に落ちている角材の一本も持って降りるので、ルーキー狩り程度であれば、何とか撃退ができるだろう。


 むしろ、襲ってきてくれた方が、後顧の憂いなく相手を撃退して、装備を剥ぎ取れる。


 日銭を稼いで、僧侶と魔法使いを退院させるのが、当面の目標だ。


 不思議なのは、お布施の寄進が一日遅れれば遅れるだけ、利子が付き、求められるお布施の総額が増えていく点である。


 まだ奴隷には落ちていないが、落ちる前から、奴隷は、簡単には奴隷から這い上がれないような仕組みになっていた。


 僧侶と魔法使いほどではないにしろ、自分たちも傷だらけではあったが、残された新顔パーティーのメンバーは、痛みを酒でごまかして朝を待つ。


 朝になったら、一番で地下一階に潜って、とりあえず手頃な魔物を倒してから、一度帰還する。


 いくらかは金になるだろうから、その金で、寺院ではなく、アイテムで傷を治してから、再度潜る。


 そういう算段だ。


 夜間は、ダンジョンの入口が閉鎖されるため、朝にならなければ地下へは潜れない。


 朝まで仮眠をとろうというつもりであったが、思った以上に、体は休息を求めていたようだ。


 新顔パーティーが目覚めたのは、既に昼近い時間であった。


 それも自力で起きたのではなく、制服を着た、探索者ギルドの職員に起こされたのだ。


「『同じ中学校オナチュー』とかいう、変な名前のパーティーは、君たちか?」


 しかも、寝過ごしていたから起こされたわけではなく、何か用事があって起こされた。


「そうだ」と、リーダー。


「初探索で地下六階へ到達したそうだな。ボッタクルから、報告と証拠の非狒々熊の胆を受け取っている。ギルドには、特待制度があるという話を聞いているか?」


 ギルドの職員も、店の正式名称ではなく、配達人を『ボッタクル』と呼ぶようだ。


「君たちは寺院にお布施を払えないだろうから、相談に乗ってやってくれと言われている」


 リーダーは、パーティーの面々と顔を見合わせた。


 探索者ギルドの特待制度の恩恵の一つに、ギルドからの融資が受けられるというものがある。将来有望なパーティーには、前借りで、なるべく良い装備を整えてもらって、深い層での探索の成果を、早く確実に持ち帰ってもらいたいという考えからだ。


 実力があるパーティーが、まだ装備に不安があるからと、浅い階層で探索をしているようでは、ギルドとしては宝の持ち腐れだ。


 融資を受けるパーティーとしても、浅い階では、いつまでも稼ぎが見込めないが、深い階であれば収入も多く見込めるため、仮に融資を受けたとしても、すぐ返せる。


 実際のところ、ギルドとしては、実力派パーティーを借金でギルドに縛りつけようという、裏の意図もある。


 融資は、装備の新調だけではなく、アイテムの購入や寺院での治療の対価としてのお布施の支払いにも使えた。実力派パーティーが治療でもたついているぐらいならば、治療費を肩代わりしてでも、潜らせた方がいいというのが、融資の理由だ。


「特待認定されると、地下六階以深の探索が義務付けられるのだろう? 正直、俺達には、荷が重かったなと思っている」


 リーダーは、慎重に返事をした。


「それならば心配ない。探索者ギルドも融資をした相手が遭難して、貸した金が回収できなくなるのは困るからな。まだ治療のリハビリ中だということにして、しばらくは浅い階を周回して、地下六階に見合った実力をつけると良いだろう」


 新顔パーティーのメンバーは、悩み顔だ。


 今回、地下六階で全滅しかけた。


 実質的には、全滅していたと言ってもいいだろう。


 ボタニカル商店の配達人と出会わなければ、確実に全滅していた。


 配達人がいない状態で、二体目の非狒々熊に襲撃されていたら、今頃、腹の中だ。


 どうしたって、慎重になるだろう。


 渋っている新顔パーティーに対して、ギルド職員は声をひそめた。


 施設には、他の探索者の姿もある。


「立場的に本当は言ってはいけないのだが、寺院に仲間が入院しているのだったら、早く出してやった方がいい。遅くなればなるほど、お布施の額が増えて払えなくなるぞ。ギルドの融資の方が、まだマシだ」


 そういうことならば、と、新顔パーティーは、ギルドからの特待認定に同意をした。


 もともと、目標としていたはずなのに、渋々同意する形になるなんて、何だか不思議だ。


「心配するな。ボッタクルも、地下三階程度ならば、君らのパーティーは、まず死ぬことはないと言っていた。ああいう化け物を見てしまうと大した事なさそうに感じるが、地下三階を歩ける探索者だって、そうはいないぞ。君たちは、ギルドが特待認定したくなるほどには逸材なんだ」


「あのボッタクルって奴は何だ? ポーション一本で装備を全部巻き上げられた。どんだけ守錢奴だ」


「帰り道に、魔物は出たか?」


「出たら、死んでる。いや、ボッタクルが非狒々熊を一頭倒したな。一撃でだ」


 ひゅー、と、ギルド職員は口笛を吹いた。


「ボッタクルの、首絶ちクリティカルを見ただなんて自慢できるぞ。普通、魔物はボッタクルを恐れて近づかない。君たちは守られる側だったから、ボッタクルの威圧がわからなかったのだろう。最強パーティー『白い輝き』の元前衛だ。伝説の最深深度到達者の一人だぞ」


 新顔パーティーは、全員、ポカンとした顔をした。


 ギルド職員は、新顔パーティーのリアクションに、嬉しそうに笑った。


「ボッタクルの店に行ってみろ。回復用品がメインの店なのに防具なんか仕入れても邪魔なだけだって、きっと叩き売りをしているぞ」


               13


 同日後刻、新顔パーティーは、六人全員・・・・でボッタクル商店を訪れた。


 配達人は、生憎と配達に出ていて不在だったが、車椅子に座った若い女性店主に出迎えられた。


 女性店主は、訳知り顔で新顔パーティーに微笑むと、カウンターの裏に置かれた、『見切り品』という札が貼られた籠を目で示した。


 籠には、新顔パーティーたちにとって、見慣れた装備品や荷物が詰め込まれている。


 値段は、地上での中級ポーション、一瓶分だった。




◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード1を読んでいただきありがとうございました。


 もし良かったら、★評価とフォローをお願いします。


 ★評価は、下記のリンク先を下方にスライドさせた場所から行えます。


 https://kakuyomu.jp/works/16817139554988499431


 よろしくお願いします。


                                  仁渓拝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る