第11話 クリティカル

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「二人に決まってる」


 リーダーは、即答した。


 横たわっている僧侶と魔法使いに視線をやりながら、仲間に確認する。


「それでいいな」


 残る戦士二人と盗賊は、力強く頷いた。異論はないようだ。


 パーティーとしての仲間意識、団結力は、かなり高い。


 リーダーは、俺が持っているポーションに右手を伸ばした。


 ポーションを取られないように、俺は、避けた。


「代金は?」


 伸ばされていたリーダーの右手が、力なく引っ込んだ。


 やはり、持ち合わせがないようだ。


「残念だが、その二人は置いていくしかないだろう。パーティーの全滅を避けるため、回復の見込みがない致命傷を負った場合、置き去りにされても仕方がない、という契約を結んでいるはずだ。お前らだけならば運が良ければ歩いて帰れる。誰も非難はしない」


 迷宮に潜る探索者パーティーの、一般的な契約条項だ。


「俺たちは、幼馴染なんだ」


 リーダーは、悲痛な声を上げた。


「契約なんかじゃない」


「知るか」


 俺は、一喝した。


「戻れと言ったのに、進んだあんたの判断ミスだ。僧侶は不安がっていた」


「頼む」


 リーダーは、俺に土下座をした。


 残りの三人も、慌てて、リーダーの行動に従った。


「その薬を売ってください。代金は、後で必ず、お支払いします」


「生憎、掛け売りはしていない」


 俺は、冷徹に、先程と同じ言葉を繰り返した。


「現金がないなら、代わりに現物を引き取るぜ」


 俺は、ポーションを持ったまま、倒れている非狒々熊に近づいた。


 自分の腰から短剣を抜き、非狒々熊の腹を裂く。


 臓物から、非狒々熊のを切り取った。


 高級ポーションの原材料の一つだ。


「ぶすぶすぶすぶす刺しまくりやがって、こんな傷だらけじゃ、ほとんど価値はないな」


 俺は、血まみれの非狒々熊の胆を、油紙でくるんで、リュックサックに収納した。


 新顔パーティーの方を見もせずに、言葉を続ける。


「あとは、その重そうな鎧を全部脱いで、無事な武器もよこせ。残った全員の荷物もだ」


 新顔パーティーたちは、動かない。


 殺意のこもった目で、俺を睨みつけている。


「どうした?」


「魔物と出会った時、戦えない」


「その時は逃げるだけだ。地下一階でも、今のお前らに勝ち目はない。迷宮内で一番大切な装備は何か知ってるか? 自分の命だ」


 俺は、リュックサックを、再度分解して、部品に分けた。木の棒と布だ。


 迷宮内では、時として、担架が必要な事態がある。


 俺のリュックサックは、棒と布の組み方を変えれば、リュックサックの大きさを変化させるだけでなく、担架にもなった。


 そのように俺が開発した商品だ。


 探索者ギルドにも卸している。密かな人気商品だ。


 俺は、手早く、二組の担架を組み上げた。


 新顔パーティーは、ぐずぐずしている。


「二人にポーションを半分ずつ飲ませたところで、動けるようにはならん。担架は貸してやるから、おまえらが運ぶんだ。重たい鎧を着て、がしゃがしゃ、もたもた、運んでいるようでは手遅れになる。身軽になれば、少しは速く走れるだろう。六人全員で助かりたいのならば、すぐ動け。逃げ足が武器だと考えろ。行きだけでなく、帰りも判断を誤る気か」


「畜生っ」


 リーダーが、無造作に鎧を脱ぎ始めた。


 がらんがらんと、脱いだ鎧のパーツを通路に落とす。


 残り二人の戦士も鎧を脱いだ。盗賊が、脱がす手伝いをする。


 俺は、横たわっている僧侶と魔法使いに近づくと、ざっくりと裂けた傷口にポーションを僅かに垂らしてから、布を当て、包帯を巻きつけた。


 ポーションの残りを半分ずつ、二人の口に含ませる。


 ごくりと、喉が動いて、二人はポーションを飲み下した。


 自力で飲み込める程度の体力は残っていたようだ。


 だが、劇的な変化は何もない。


 血の気を失った青い顔色も、ほとんど変わらない。


 地上に戻って一刻も早く適切な治療を受けるか、手遅れとなるか。


「包帯は俺のおごりだ」


「持っていけ」


 リーダーは、自分の足元に無造作に転がる鎧のパーツや、自分たちの荷物の数々を、顎で示した。


「まいどあり」


 俺は、手早く、地面に散らばった新顔パーティーの荷物をかき集めた。


 リュックサックの部品の残りを使って、もともとの自分の荷物も含めて、一つの大きな荷にまとめると、背負いあげた。


 要するに、新顔パーティーたちから、身ぐるみを剥いで、巻き上げたのだ。


 身軽になった新顔リーダーと他の三人は、僧侶と魔法使いを担架に載せた。


 走っても、絶対に落とさないように、紐で、しっかりと担架に結び付ける。


「帰り道はわかってるか?」


「大体は。だが、明かりがない」


 そりゃ、そうだ。


 はぁぁ、と、俺は、大きく息を吐いた。


 目を瞑っても、毎日通っているボタニカルルート・・・・・・・・を、俺は走れる。


 俺は、カンテラを腰の後ろで、背中の荷物から吊り下げた。


 俺の前方ではなく、俺の背後が照らされる。


「俺の明かりについて来たければ勝手にしろ。なるべく、魔物が出ない道を選ぶが、もし、おまえらが魔物に襲われても俺は逃げる。それでいいな」


 確認ではなく、念押しだ。


 四人の男たちは、こくこく頷いた。二人一組で、二つの担架を持ち上げる。


「よし」


 俺は、周囲に気を放った。現役時代さながらに、周辺を威圧する。


 この階層でどこまで効くかはわからないが、弱い魔物を寄せぬためだ。


 ところで、非狒々熊には、猿とも熊ともつかない姿だという他に、もう一つ大きな特徴がある。


 基本的に、成体は、いつもつがい・・・で行動をするという特徴だ。


 最初に襲ってくるのは、好戦的で小柄な雄である。


 雄より、さらに巨大な雌は、大きさの割に慎重な性格であるため、雄の戦闘の趨勢を見極めてから獲物に対処する。


「後ろっ!」


 突然、切迫した声音で、リーダーが叫びをあげた。


 言われるまでもない。


 今回の場合であれば、非狒々熊の雌は、獲物の群れに後から加わった俺という存在に警戒して、様子を見ていたに違いない。


 もしかしたら、戦闘以前から、近づく俺の気配を察知して、様子見に徹していたのかも。


 本来であれば、確実な不意打ちを狙う気だったが、俺の威圧に慌てたのであろう。


 巨大な雌の非狒々熊が、物陰から俺の背後へ襲い掛かった。


 振り向きもせず俺は横に跳ぶと、三角跳びの要領で、洞窟の壁を蹴った。


 四メートル近い天井の近くに、立った非狒々熊の首がある。雄よりも圧倒的に巨体だ。


 俺は、短刀を一閃させた。


 首絶ちクリティカル


 一撃必殺で相手の首を落とす、現役時代のとっておきだ。


 切断された非狒々熊の頭部が、噴出する血の勢いに押されて、垂直に吹き上げられた。


 洞窟の天井にぶつかって、血の雨と一緒に落ちてくる。


 非狒々熊の巨大な体が、前のめりに崩れ落ちた。


 新顔パーティーたちが、慌てて避ける。


 担架を持った側も、担架に横たわった側も、等しく非狒々熊の血を、真っ赤に浴びた。


 だが、俺は、その場にはもういない。


 血が振ってこない、非狒々熊の背後側に素早く回り込んでいた。


 血をぬぐう暇も、新しい非狒々熊の胆を回収する時間も、今は惜しい。


「行くぞ。死ぬ気でついてこい」


 俺は、新顔パーティーに声をかけた。


 地上へ向かい、暗い迷宮の中を、俺は駆けだす。


 担架を持った男たちも、俺の明かりを追って走った。

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