第10話 特待制度

               10


 地下五階の安全地帯を出た後、地下六階へ下りる階段へ至るまで、新顔パーティーの盗賊が、密かに俺の後をつけていた事実には気づいていた。


 背後から襲ってくる気かと警戒をしていたが、地下六階に下りたら気配が消えたので、階段の位置を探りについてきただけらしい。


 遠ければ諦めて地上へ戻ったのかもしれなかったが、生憎、地下五階の安全地帯から、地下六階へ下りる階段までは、そこそこ近かった。地下四階へ上がる階段へ戻るよりも、短い距離だ。


 おそらく、欲が出てしまったのだろう。


 降りて様子を見るだけ、という、安易な気持ちであったのかも知れない。


 試しに降りた最初の戦闘で壊滅をするという、地下二十二階へ下りた『白い輝き』の失敗と同じ行動だ。


 新顔パーティーたちは、地下五階の安全地帯から戻ればいいものを、進んでしまった。


 その結果が、目の前の惨状だ。


 僧侶と魔法使いの背中の傷口が、ほぼ剥き出しであるという時点で、新顔パーティーには、回復アイテムが何もない事実は明らかだ。


 暗闇なのに、松明すら灯していないという事実から、明かりは完全に魔法使いの呪文頼りであったのだろう。危機管理が足りていない。


 もしかしたら、僧侶か魔法使いのリュックサックに入っていたのかもしれないが、非狒々熊の一撃、いや二撃か? で、使えなくなったという可能性もある。


 リーダーが、よろよろと立ち上がった。


 残りの三人も同様に立ち上がると、生ける屍リビングデッドのような動きで、俺に、にじり寄って来た。


 僧侶と魔法使いは、横たわったままである。このままでは、死を待つだけだ。


「何か回復アイテムを売ってくれ。地上価格の五倍だったな。今はないが絶対払う」


「地下一階は二倍、地下二階から五階は五倍、六階以降は十倍だ。生憎、掛け売りはやっていない」


「てめえっ!」


 戦士の一人が、声を荒げた。足元を見て、俺が値段を吊り上げたと思ったのだろう。


「やめろ」


 リーダーが、手で、戦士を制する。


「俺が見たところ、あんたらが楽に歩き回れるのは、せいぜい地下三階だ。度を越しすぎているのは、自分たちでもわかっていただろう。なぜ、無茶をした?」


「魔物もあまり出ないし、一度だけならば何とかなるかと思ったんだ。あんただって、地下七階まで逃げまわるだけで行けるんだろう?」


 魔物があまり出ないなんて、そんなわけがない。


 運良くか悪くか、このパーティーは、たまたま、今日に限って魔物に出会わずに進めてしまったのだ。


「さては、ギルドに特待制度の話を吹き込まれたな」


 探索者ギルドでは、有望な探索者を、特待探索者として認定し、囲い込んでいる。


 特待認定された探索者には、探索者ギルドで販売している商品の割引や、ギルドオークションの手数料の減免といった様々な特典が与えられた。


 代わりに、迷宮で得たアイテムや装備は、自分で使用する以外は、必ずギルドへ買取を依頼するか、ギルドオークションを通して販売しなければならないという縛りがある。


 しばらく自分で使用した後に、装備を処分する場合も同様だ。


 ギルドにとっては、貴重なアイテムや装備の販売を独占できる点が、うまみである。


 その気になれば、例えば地下で顔見知りの探索者に預けたり売るなど、抜け道は、いくらでも考えられたが、特待制度を破った探索者に対しては、以後、この迷宮での探索を続けられなくなるような、厳しい罰則が待ち構えている。


 第一、その顔見知りの探索者とやらが、ギルドに密告しないとも限らない。


 とはいえ、ギルドをメインの取引相手として、まっとうに探索稼業に励む限りでは、探索者側の恩恵は計り知れない。


 多くの探索者が、ギルドの特待制度認定を目指していた。


 ギルドに実力を認められて特待認定をされるためには、いくつかの要件があったが、『本迷宮初挑戦で地下六階以上の深度への到達』というも要件の一つだ。



 この要件による認定は、どのパーティーも一度きりしかチャンスがない。


 ギルド側からすると、どこの誰とも知れない、他所から流れてきたパーティーの真の実力を即座に測れる上に、もし、有望株であった場合は、相手が街に慣れ、ギルドと条件交渉をできるような余計な知恵をつける前に囲い込んでしまえる、という利点がある。


 一方、流れてきた探索者側からすると、特待による特典はもちろんだが、何より、他のパーティーに一目置かれて、新参者なのに舐められなくなるという利点があった。


 だからこそ、無理をするパーティーも現れる。


 だが、地下六階へ到達した証拠として、最低一度は魔物と戦闘を行い、魔物の特定ができる何らかの部位を、ギルドへ持ち帰らなければならない。もちろん、売れる素材であるならば、なおさら良い。


「実力に下駄を履かせて特待認定されても、地下六階以深を探索する義務が生じるから、すぐに死ぬぞ」


 言い放った俺の言葉に、リーダーはうなだれた。


 探索者に、特待の恩恵だけを食い逃げされないよう、ギルドだって考えている。


「悪いが、今、俺が持っている売り物は、これだけだ」


 俺は、リュックサックを下ろすと、最後に残った中級ポーションを一瓶取り出した。


 効果は初級ポーションの五本分、値段は初級ポーションの三本分だ。


 割安だが、地上単価の十倍となるので、初級ポーションに換算すると三十本分相当の金額である。新顔パーティーが持ち合わせているとは思えない。


 だが、金よりも問題は、


「これ一本じゃ、お前ら一人でも足りないぜ。どう分ける気だ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る