第9話 ボッタクルルート

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 地下七階での配達が、無事、終了した。


 今日はついている。


 地下五階でも地下七階でも到着待ちや、受取場所まで辿り着けない配達相手はなく、余分に持ってきたアイテムも、ほぼ売り切れた。


 残ったのは、中級のポーションが一瓶だけ。


 俺は、荷物を走って揺らすだけでなく、簡単に投げて扱うから、ポーションのような瓶の類は、衝撃で割れないように、クッション材で厳重に包んである。


 現在は地下六階。


 このあたりの深さは、人工の通路と自然の洞窟が半々だ。


 地下七階での配達と販売を終えた俺は、そのまま、すぐに帰路についた。


 帰り道に、最後のポーションを誰かが買ってくれれば御の字だが、この深さでは、中級のポーションによる回復量など、気休めにもならない。


 その程度の体力は、回復していようが回復していまいがお構いなく、どちらであっても、魔物の一撃により削り取られる。


 この迷宮の階層は、公式に確認されている限り、地下十五階だ。


 非公式では、地下二十二階までは、存在が確認されていた。


 なぜ、非公式かというと、超上級探索者レジェンドに同行して、確認のために、そこまで潜れる役人やギルド職員がいないからだ。探索者の自己申告となるためである。


 自己申告だが、探索者ギルドは、その探索者たちの言を信じ、準公式記録として、地下二十二階が、現状の最深深度とされていた。


 俺が、日頃、配達をしている地下五階や地下七階などに比べれば、異次元の深さである。


 だが、唯一無二の深度記録を持つ伝説の探索者パーティーは、地下二十二階に到達して初めての戦闘で壊滅的な被害を受け、一匹の魔物を倒すこともできずに、即座に地上に逃げ帰っていた。


 相手が、どのような魔物であったかもわからない。


『確認の間もなくやられた』とは、当該パーティー『白い輝き』のリーダーの言葉だ。


 結局、『白い輝き』は、五人のメンバーの内、二人が戦闘の後遺症で引退を余儀なくされた。


 だが、引退した探索者も、死ななかっただけ御の字だろう。


 新メンバーを加えた新生『白い輝き』隊の現在の探索は、地下十八階がメインだと言われている。


 もちろん、公式深度とはされていないが、地下十五階までで手に入るアイテムや魔物由来の素材ではないため、地下十六階以上を探索しているのは間違いがない。


 不思議なことに地下迷宮は、深く潜れば潜るほど広くなる。


 一説では、地中に埋められたピラミッドに対して、頂上部から潜っているのではないかと言われていた。


 なぜ、ピラミッドを地中につくる必要があったのかはわからない。


 本当にピラミッド形なのかもわからない。


 各階層のすべてが踏破されているわけではないからだ。


 地下五階以浅でも、いまだに未踏破エリアが発見されることがある。


 もちろん、深層であればあるほど、未踏破エリアも多くなった。


 踏破の進捗に合わせて、ギルドで販売されている地図も、新版に更新されていく。


 探索者たちは、まだ見ぬ財宝や魔物を求めて、我先に未踏破エリアへと侵入していくが、俺は、各階の一番基本的な階段から階段、および、地下五階と地下七階の安全地帯を最短で進むルートを往復するだけだ。


 口が悪い探索者たちは、俺が往復するルートを、ボッタクルルートと呼んでいた。


 せめてボタニカルルートと呼べと訂正したいところだが、その名は探索者同士の会話で使われるだけで、俺に対して直接言ってくる者はいないので、訂正の機会がない。


 俺には、みんな、いつもの通り道と言うだけだ。


 あいつらめ。


 本来は、安全地帯で俺を待つのが配達のルールだが、通称ボッタクルルート沿いで荷物を受け取る者や、不足品の購入をするパーティーもいた。


 いちいち一度安全地帯に戻ってから探索を再開するよりも、配達ルート上で取引をする方が、探索者たちにとっては時間の無駄がない。


 毎日、ほぼ同じぐらいの時間に、同じルートを通っていると、そんなことにもなる。


 だが、今回、ルート上で俺を待っていたのは、ボッタクルルートを知る者ではなかった。


 正確には、待っていたわけではなく、動けなくなっていた。


 地下五階の安全地帯で別れた、新顔パーティーだ。


 明かりのない、暗い通路の中央に、魔物の死体が転がっている。


 非狒々熊ひひひぐまだ。


 全長三メートルを超える、猿とも熊ともつかない、巨大な魔物だ。


 猿と熊、どちらにも似ているが、どちらでもないので、狒々ひひくまである。


 逆に、猿でも熊でもあるとして、狒々ひひひぐまの字をあてることもある。


 通常は四足歩行だが、後肢で立ち上がり、鋭い爪の生えた前腕で、獲物を薙ぎ払う。


 後肢より前腕の方が長いので、四足歩行時は、四つん這いというよりも、拳を握った両手を地面につけながらの、跳ねるような二足歩行に近い歩き方だ。


 その非狒々熊が、通路の中央に、大の字に仰向けに倒れて動かなくなっている。


 非狒々熊の全身には、無数の切り傷、刺し傷、突き傷が存在した。


 どの傷が致命傷になったのかはわからない。


 すべて合わせて、ようやく息の根を止められたのだろう。


 折れた剣が二本、刃と柄がバラバラになって、非狒々熊近くの地面に落ちていた。


 僧侶と魔法使いが、並んで通路に横たえられている。


 魔法使いが倒れたため、明かりの手段を失ったのだろう。


 二人は、息はしているが、どちらも背中に深い裂傷を負っていた。


 背後から、リュックサックごと、薙ぎ払いの一撃をもらったのに違いない。


 このあたりの階になると魔物も知恵がつき、後衛を襲うため、獲物をわざと通過させて、背後から奇襲する場合がある。それをやられたのだろう。


 まず、邪魔になる回復と魔法の使い手を消してから、力づくで前衛を倒すという、魔物の知恵である。


 単純な力比べならば、非狒々熊に勝てる人間は、そうはいない。


 頭にくらえば、確実に頭を吹き飛ばされていただろう一撃だ。


 リュックサックがあって良かったという話だが、逆に、死ぬまでの苦しみが長引いたともいえる。


 戦士三人と盗賊が、僧侶と魔法使い脇の地べたに、力尽きたように座り込んでいる。


 新品であったはずの戦士の鎧は、爪痕や打撃痕で、ぼろぼろになっていた。


 ひしゃげた盾が、転がっている。


 もちろん、体は傷だらけだ。


 素早い動きの盗賊のみ、比較的軽傷に見えるが、それでもやはり傷だらけである。


 前衛の戦士のように、非狒々熊の一撃を、盾で直接受けとめるような真似はしなかったという違いだけなのだろう。


 俺は、座り込んでいる探索者たちを、カンテラで照らしだした。


 探索者たちが、眩しそうに目を細める。


「おまえら、なぜここにいる? 戻れと言っただろ」


「ボッタクル」


 呆けたように、リーダーが俺を見上げて、口を開いた。


「ボタニカルだ」


 そこは譲れない。

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