第8話 三分の一ルール

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 新顔パーティーが一斉に立ち上がった。


 俺は、総勢六人の男たちに取り囲まれて見下ろされた。


 くつろいでいた空気に、一瞬で緊張が張り詰める。


「だから、ボッタクルか。足元を見やがって」


『足りないものがあるなら、ボッタクルから買うといい』と言った、新顔をこの部屋へ案内した男の言葉を覚えていたようだ。


「ボタニカルだ」


 俺は火に油を注いだ。


 だが、かみさんがつけた店の名だ。譲るわけにはいかない。


「別にボッタくっているつもりはない。ここまで命がけで運んできた手間賃を加味した値段設定だ。地上では協定値段で売っているから、そちらで沢山買ってくれれば、いつだって無料で運搬する」


 地下五階と地上では、商品の値段に差がつくのは当たり前だろう。


 五倍を妥当と捉えるか否かは相手の判断だが、地下深くで回復手段を無くすぐらいならば、十倍でも安い。要は、切迫の度合いだ。


 リーダーは、俺の言葉に迷いを見せた。


「買う買わないは自由だが、少しでも回復に不安を感じているんだったら、戻った方がいい。幸い、まだ誰も死んでいないし、動けなくなってもいない。地上で回復アイテムを補充してから、また潜ればいいだろう」


「余計なお世話だ」


 リーダーは、吐き捨てた。


「三分の一ルールは、守っているのか?」


 俺は、畳みかける。


 アイテム、呪文を問わず、ダンジョンに潜る時点でのパーティーが使える回復手段の総量に対して、三分の一を使ったならば帰路につくという考え方が、三分の一ルールだ。


 行きに三分の一を使うのであれば、帰りだって三分の一を使うに違いない。万が一、道を間違えたり、強力な魔物に遭遇する可能性を考え、予備としてさらに三分の一を残す。


 誰でも知っている、探索者の心構えの一つだった。


 だが、経験を積むにつれて、次第にないがしろにされていく。


 予備を無視して、全体の半分を使ったら戻るというパーティーは、まだいい方で、往々にして三分の一残ったら戻るになってしまう。


 中には、使い切ったら戻るという命知らずたちもいて、はたして何かあったらどうするつもりなのだろうか?


 理解に苦しむので、ぜひ一度聞いてみたいと思っているのだが、そういう奴らとは、すぐ二度と会えなくなってしまうので、残念ながら機会がなかった。


 もっとも、俺の配達サービスは、三分の一を使い切ったパーティーが、地上へ戻らずに、さらに探索を続けられるようにするためのサービスだ。


 地上へ戻って、補充をして、また戻ってくる時間を考えたら、その場で二周目、三周目の探索ができた方が効率的だ。


 深く潜れる実力を持つ探索者であればあるほど、ボタニカル商店の無料配達サービスの有効性を高く認めていた。


 驚異のリピート率八十パーセントである。


 残りの二十パーセントも、うちのサービスに不満があるわけではなく、残念ながら、地上にお戻りになられない方たちだ。


 無料配達を利用するのではなく、地上より高い値段で回復アイテムを購入したとしても、時間を買ったと考えれば、よほど安い。


 ボタニカル商店としては、良心的な料金設定のつもりである。


 であるのだが、ご理解を頂けないのであれば仕方がない。


「おまえには関係ない」


 リーダーは、言い切った。


 そのとおりだ。こいつらがこの後どうなろうと、俺には、まったく関係ない話だ。


 もし、三分の一ルールを守っているとするならば、パーティー全員のリュックサックが萎んでいるはずはなかったが、それが何だ。


 きっと、僧侶は、潤沢に回復呪文を残しているのに違いない。


 疲れたような顔をして見えるのは、俺の気のせいだ。


「まだ、行けそうか?」


 俺は、僧侶に訊ねた。


 僧侶は、俺から声をかけられるとは思ってもみなかったらしく、一瞬、びっくりしたような顔を見せたが、その後は、泣き笑いの表情をして、何も答えなかった。


 リーダーも僧侶の表情から察すべきを察したはずだ。でなければ、リーダー失格である。


 俺は立ち上がった。


「どいてくれ」


 俺は、俺を囲む男たちの輪を抜けると、壁際のリュックサックのもとへ行った。


 リュックサックをどかしてから、横穴を塞いでいる蓋を横にずらして、壁に立てかける。


 隠されていた横穴が、むきだしになった。


 俺は、勢いをつけて、自分のリュックサックを穴の中へ放り投げた。


 リュックサックは、うまく穴周囲の壁にぶつからずに、通路まで飛んで転がった。


 一人の時は、毎回やる動きなので、慣れたものだ。


 俺は、リュックサック脇の床に置いてあったカンテラを手に持った。伸縮式の竿は、一番短い長さまで縮めてある。


 俺は、リーダーに向きなおり、


「買わないようならば、俺は行くぜ。地下七階で、お客さんを待たしてるんだ」


 新顔パーティー全員が、俺の言葉にぎょっとした顔をした。


 代表して、リーダーが口を開く。


「一人でそんなとこまで行けるのか? 魔物に出くわしたらどうする気だ?」


「逃げるさ」


 俺は、簡潔に応えた。


 危険にはなるべく近づかない。


 今もそうだ。俺の目の前の新顔パーティーたちが、俺を襲ってアイテムを奪えばいいという考えに辿り着く前に去るべきだろう。


「ここを出る時は、部屋のカンテラは消してくれ。魔物が入り込まないように、この蓋もきちんと閉めること。それから、僧侶は疲れているぜ」


 俺はしゃがむと、横穴に飛び込んだ。


 カンテラを持った手は地面につかず、しゃがんだ状態で小刻みに足を動かして前に進む。四つん這いよりは速い。


 通路に出てから、穴の奥に向かって声をかけた。


「地上に戻ったら、ボタニカル商店を利用してくれ。割引券は店でも使える」

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