第7話 協定価格
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「あんたはこんなところで商売をやってるのか?」
リーダーの男が訊いてきた。
「地上でボタニカル商店という、主に回復アイテムや魔法の巻物を扱う店をやっている。一定額以上の商品を購入してくれたお客様に対して、商品を無料で配達してるんだ。持てる量に余裕がある時だけ、ついでに売る物を持ってくる」
「今ある物は?」
「何か必要なのか?」
新顔パーティーのリュックサックは、誰も彼も萎んでいた。
消耗品を使うばかりで、目ぼしい戦利品は得られていないということなのだろう。
このまま帰っては、大赤字だ。
僧侶の回復呪文がどれだけ残っているかだが、疲れた顔を見る限り、あまり残ってはいなそうだ。ここまで来るのに、全力を尽くしてきたのだろう。
俺は、男たちが着ている装備から、相手を簡単に値踏みした。
前衛の戦士三人は、体全身を覆うタイプの金属製の鎧や兜を身に着けている。
上半身を覆っている鎧本体は使い込まれていたが、手や足といった部位を覆う鎧のいくつかは新品だ。
この迷宮に潜るにあたって、守備力を強化すべく新調したのだろう。
三人の内、一人の盾も真新しい。
傷つけるのが、もったいないくらいだが、ここまで下りてくる戦闘で、既に出番はあったようだ。いくらか傷がある。
一方、盗賊や僧侶、魔法使いの装備は、どれも使い込まれたものである。
なるほど。装備品は、パーティー全体の財布から出す仕組みのパーティーのようだった。
装備に金のかかる職業と、かからない職業では、探索の収入をパーティーメンバーで均等に山分けした場合、手元に残る金の量に差が出てしまう。
パーティーによっては、前衛で直接魔物と接触する者ほど分け前を多くするとか、優秀な魔法使いを高額で雇うとか色々ある。
もちろん、素直に均等割りをするパーティーもあった。
このパーティーの場合は、おそらく、前衛の戦士の防具は、パーティー全体の備品だ。
今回の探索に当たって、前衛の防具に心許なさを覚えていたのか、戦士たちの不足する部位の防具を皆で補って、迷宮に挑んだように見受けられた。
不足する部位だけとはいえ、三人分であるので、結構な金額になるはずだ。まして、新品である。
だとすると、現在、パーティーの懐は寂しいはずだ。
回復アイテムを、どこまで揃えてから、地下に潜ったのかは怪しいところだ。
ダンジョンに潜った最初から、リュックサックは、膨れていなかったのかも知れない。
往々にして、装備品の更新を優先してしまい、消耗品の購入は、手薄にしてしまうパーティーが見受けられる。
だが、俺の考えでは、消耗品の類こそ、持てるだけ持ってダンジョンに挑むべきだ。
邪魔になったら、消耗品なのだから消費してしまえばいいし、無事、生きて地上に戻りさえすれば、消耗品の代金など、十分に回収ができるはずだ。
いずれにしても、個人の財布の他に、パーティーとしての財布を持つパーティーは、連帯感が強い。
共通財布で何を買うかは、もちろんメンバー内で相談が行われるのだろうが、パーティーにとって悪い判断はしないと、リーダーが信頼されている証である。
ただの仕事と割り切って行動を共にしているパーティーとは、仲間意識が違う。
長期間行動を共にしているパーティーとか、メンバーが家族、故郷が同一といった、特別なつながりがあるパーティーに多く見受けられる。
一般的なパーティーでは、メンバーの一人一人は個人事業主にあたるため、各々が迷宮内で自身の本分を全うできる装備や消耗品を整え、探索中は個々の責任の範囲内で能力を発揮する。
リーダーは、リーダー責任として、いくつか余分に隊全体で使うようなアイテムを用意しておくが、迷宮内で自分や誰かの消耗品を使用した場合は、探索収入を分配する前に、必要経費として相殺するのが基本である。
残った収入の分配は、各メンバーの探索への貢献度に応じて、リーダーが判断する。
もちろん、分配でもめれば、次回の探索には加わらず、パーティーを脱退する者も出てくるだろう。赤の他人の寄せ集めパーティーであるから、当然だ。
だから、役立たずはパーティーから追放だ、とか、今更戻ってくれと言われてももう遅い、ざまぁ、などといった事件が、結構な頻度で発生する。本当に、結構な頻度だ。
ちなみに、パーティー共有の防具を着ている戦士が脱退する場合は、備品である防具はパーティーが引き取るとか、当の戦士が買い入れる、退職金代わりに戦士の持ち物となる等、対応はパーティーによって様々だ。脱退理由にもよるだろう。
だが、防具を共有備品とするようなパーティーであるならば、当然、消耗品の類も隊全体の持ち物と考え、何が必要か事前に検討して購入した上で、探索に挑むのが普通だ。
もちろん、共通財布の手持ちに、それだけの余裕があったならばだが。
このパーティーは、装備と消耗品のどちらを優先に考えただろうか?
「薬草かポーションはあるか?」
「もちろん」
俺はそれぞれの金額を口にした。協定価格の五倍だ。
薬草やポーションといった、ごく基本的な消費アイテムは、ボタニカル商店に限らず、地上の多くの店で販売されている。
製造原価を割ってしまうような不当な安売り競争や、逆に買い占めによる不当な値段の吊り上げ等が発生しないよう、どこの店でも一律同じ金額で販売するための協定価格が、当局から、ガイドラインとして設定されていた。
ただし、地上での販売のみが協定の対象だ。俺のように地下で売る場合は、販売者の裁量による値段設定が認められていた。
「ふざけるな!」
途端に、リーダーが怒声を上げた。
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