第6話 地図
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新顔たちは、皆、まだ安心ができないのか、きょろきょろと油断なく部屋の内部を見回している。俺に対しても、警戒の構えを見せていた。
俺は、部屋に出入りする横穴の脇の壁に立てかけられている、蓋用の木製の板をつかむと、穴を塞ぐように板を置き、その前に重り替わりに、リュックサックを置いた。
持ち運び用のカンテラを、リュックサックの脇に置く。
「これで、魔物はすぐには入れない」
相手に聞こえるように、自分の行動の意味を説明する。
俺は、部屋中央の明かりのもとへ行くと、明かりはボタニカル商店の好意である旨を示した看板の脇に置いてある、予備の鉱石燃料の粉を手に取り、カンテラの蓋を開けて、中に足した。
途端に明かりが大きくなって、部屋全体を照らし出す。
部屋の隅にわだかまっていた暗闇が消えた。
室内に危険がないと目で見て明らかになれば、安心できるだろう。
俺は、新顔たちのもとへ戻った。
皆、まだ、突っ立ったままでいるので、
「ボタニカル商店だ。さっきは悪かったな。」
俺は、自ら率先して地べたに座り込んだ。
「入口はそこだけだ。ここなら荷物を下ろして、少しくらい気を抜いても大丈夫だぞ」
途端に、新顔たちは、背負っていた荷物を、どさりと落っことし、その場に崩れ落ちた。
よほど、疲れていたのだろう。
あああ、と声を上げて、伸びをする。
「ここに潜るのは初めてだよな? よく、この場所がわかったな」
俺は、リーダーの男に訊いた。
リーダーは、地下四階で通り抜けざまに俺が渡したチラシを取り出した。
そういえばそうだった、と、俺は合点した。
チラシの表は割引券だが、裏面には地図が描いてある。
地下四階から地下五階に降りた階段から、今いる安全地帯までの最短ルートだ。
配達相手が、受取場所をわからないようでは、俺が困る。
知ってしまえば、当たり前の情報だが、初めて地下五階に潜る探索者たちからは、安心して探索に挑めると大好評だ。
地下五階に不慣れな探索者ほど回復アイテムを必要とするものだが、回復アイテムが心許なくなった状況で、安全地帯はどこかと探索を続けるのは困難だ。せめて場所さえ分かっていれば、辿り着くハードルが大きく下がる。
ボタニカル商店の配達ルールでは、配達を行う相手は、一度でも自力で地下五階の安全地帯に到達したパーティーを最低資格とさせてもらっている。
注文を受けて地図を渡したからといって、相手が必ず、安全地帯に辿り着いてくれるとは限らない。
配達品を受け取るために無理をして先へ進まれ、遭難されてしまっては本末転倒だ。
だから、確実に安全地帯へ辿り着くだけの実力を備えたパーティーからしか、配達の注文は受けないと決めている。
にもかかわらず地図を渡すのは、地下五階の安全地帯へ辿り着く実力はあるのに、場所が分からないため、無料配達が利用できるほどには商品を購入していただけない、というおそれがあるためだ。探索者が自力で安全地帯を発見するのを待っているだけでは、みすみすお客様を逃がしてしまう。
実力が足りないのに、地図を頼りに地下五階に挑戦して、勝手に全滅をするパーティーの面倒までは見ていられない。
俺の配達とは関係ないので、自業自得だ。
地図があろうともなかろうとも、自分の実力を正しく判断できないのだから、そういうパーティーは、早晩どこかで同じ結果が待っているはずである。
ボタニカル商店の地図のせいだなどとは、言わないでもらいたい。
むしろ、ボタニカル商店の無料配達サービスのおかげで、地下五階以深のダンジョン探索者の生残率が向上した、というのが、探索者ギルドの、当店への評価だ。
ギルドにとっても、深い階層の探索者が増えるのはありがたい。
本来、迷宮の地図は、それだけで商品となりえる貴重な情報だ。
実際に、探索者ギルドの専売商品として販売されている。
あくまで、通路が描いてあるだけの地図の他に、出会う可能性のある魔物であったり、探索の注意点といった、詳細な情報が書き込まれた地図もある。
もちろん、金額は、詳細版の方が高い。
さらに言えば、深い階層の地図ほど、値段は高くなる。
一つの階のすべてを一枚の紙に納めることが難しい場合は、複数枚に分割して売られていた。
そのような中、我がボタニカル商店では、顧客サービスの一環として、地下五階の地図のほんの一部を、お店の割引券の後ろに描いて配布しているのだ。
もちろん、探索者ギルドからは特別に許可をとっている。
内容も、あくまで、階段から五階の安全地帯への最短ルートだけであり、それ以上の余計な情報は、ギルドの地図販売の妨げにならないようにと、記載していない。
ボタニカル商店の配達サービスが、地下五階以深の探索者の生残率を向上させた事実を鑑みての、探索者ギルドの特別許可だった。
迷宮深部から戻れる探索者が増えるほど、ギルドは戦利品の販売収入が増えて潤い、ボタニカル商店は無料配達サービスを利用できる額まで購入してくれるお客様が増えて潤う。
ウインウインだ。
少なくとも、今、目の前にいるこの新米パーティーが、地下五階の安全地帯へ辿り着けたのは、ボタニカル商店のチラシのおかげだ。
迷宮四階と拮抗する実力と判断していたが、全力を出し切れば、瞬間的には地下五階へ到達できる程度の力は、あったのだろう。
今回が、物凄く幸運であっただけかも知れないが。
ボタニカル商店のチラシを頼りに地下五階の安全地帯を目指したが、安全地帯の入口の場所が分かったからといって、先が分からない狭い通路を、四つん這いという無防備な態勢で進んでいくのは勇気がいる。
途中で魔物と鉢合わせをするかもしれないし、俺が嘘をついていて、安全地帯があるなどというのは罠かもしれない。
通路でどうするか迷っていたところを、穴から先程のパーティーの先頭の男が這い出してきた。
男と話をして、確かに安全地帯であるからと促されて、恐る恐る入ってきた。
そんなところだろう。
そこで、ハタと思い当たった。
密室で、見知らぬ探索者が六人と俺一人。
この状況で、まったく安全でないのは俺の側だった。
迷宮内で、最も警戒すべき相手は探索者だ。
ありゃ?
俺、大ピンチ?
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