第5話 百対五十対十対一対百分の一
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配達品を受け取ったり、追加のアイテムを購入した探索者たちのパーティーが、休息を終え、それぞれの探索に戻っていく。
幸い、地下五階で出会うべき配達相手は、すべて受取場所の安全地帯に辿り着いていた。
万一、受取場所にいないパーティーがいる場合は、当然、配達予定時刻まで待つ必要がある。
だが、太陽のない地下では、皆、時間の感覚が狂い、遅刻など当たり前だ。次の配達に間に合わなくなりそうな場合は、配達相手を待たずに出発しなければならなかった。
免責事項として、受取人が配達予定時間に現れない場合は、相手に配達荷物を届けられなくても、ボタニカル商店に非はないことになっている。配達できなかった荷物は、地上の本店に取りに来ていただければ、引き渡すことになっていた。
けれども、時間の感覚の狂った地下である。
『俺たちは時間通りに到達していたのに、配達人が来なかった!』
往々にして、後日、そのようなクレームが、寄せられる場合があった。
今日のように、受け渡し場所に複数のパーティーがいる場合は、問題ない。
受け渡し時間に相手がいなかった証人が確保できるためだ。
けれども、他に誰もいない場合は、いた、いないの証明ができないので面倒だ。
最近は配達を利用する探索者たちが多いため、他に誰もいない状況はあまりないが、地下七階への配達の場合は、探索できるパーティーの絶対数が少ないため、配達相手が一組だけという状況が、時たまあった。
極めてまれにだが、やはり、地下で時間感覚が狂っているため、受取人の方が俺より大分早く受取場所に到着し、なかなか現れない俺に、死んだか負傷して来れなくなったものと判断し、配達に見切りをつけてしまう場合もある。
到着が早すぎる場合は、当然、他の受取人たちも、まだ配達場所には来ていないため、自分たちの時間感覚のずれを調整もできない。
ましてや地下七階となると、他の受取人がいなかったとしても、不思議ではない。
他のパーティーがいない時点で、自分たちが早すぎるか遅すぎる可能性を抱いてくれると良いのだが、深く潜れる探索者ほど自分の能力に絶対の自信を持っているので、なかなかそのような結論には至らない。
この迷宮では、地下一階止まりの探索者が
地下十一階以上の深度に潜れる探索者は、
地下十階を歩き回れる実力と、地下十階のボスを倒し、地下十一階へ進める実力の間には、雲泥の差があった。
各呼び名の人数を比にすると、百対五十対十対一対百分の一だ。
地下七階を歩ける
自分の時間感覚が間違っているわけがない、と過信しても仕方がない程度には実力者だ。
なので、配達人と受取人の時間感覚の共有が、目下の俺の配達の課題である。
もっとも、時間感覚が狂って到着が早くなろうと遅くなろうと、地上の店にクレームが言えるような探索者は幸運だ。少なくとも、地上まで生きて帰って来られたのだから。
俺としても、大切な顧客が減らずに済んだことになる。祝杯代わりに、クレームぐらい受けてやったところで構わない。
迷宮内への無料配達サービスを繰り返し利用し、便利さに馴染んでしまった探索者が、クレームを機に、ボタニカル商店以外との取引を考えるケースは皆無だった。
かつて、大手商店が、うちのサービスを真似しようと試みたが、配達者の遭難が相次ぎ、現在では地下一階での出張販売に留まっている。
したがって、俺の商売は、競合他社のいないブルーオーシャンだ。
そもそもの話として、受取人が受け取りに遅れる一番の理由は、単純にパーティーが全滅したり、メンバーの負傷により、身動きが取れなくなったためである。
探索に危険はつきものであり、迷宮内で遭難しても、基本的に捜索は行われない。
運が良ければ、亡骸を別の探索者に発見され、遺品を地上へ持ち帰ってもらえる場合が、
実際は、それすらもまれで、発見されても、どこどこで全滅していたという話が、地上にもたらされるだけというのがせいぜいだ。
遺体は、人知れず、魔物か虫に食われるだけだった。
装備品は、人型の魔物にあさられて奪われる。
この場合、人型の魔物には、人間も含まれた。要するに、他の探索者だ。
もちろん、俺も、受取場所に現れない探索者の捜索は行わない。
生憎、慈善事業ではない。
残念ながら、迷宮内で生きるも死ぬも、自己責任だ。
俺にも、在りし日の探索者を偲ぶ気持ちがないではなかったが、もう俺の配達を必要としない者より、生きて、俺の配達を待ってくれている者への対応が先決だ。
幸い、今日は地下五階の受取人は全員無事だった。
だが、まだ、地下七階の配達が残っている。
俺は、地下五階での配達と販売で大幅に嵩が減った荷物を、一つのリュックサックにまとめなおした。
具体的には、大きい方のリュックサックも小さい方のリュックサックも布と棒に分解して、中ぐらいのリュックサックを一つ作って、すべて詰めたのだ。
荷物の総量は、安全地帯への到着時の五分の二に減っていた。
残っているのは、地下七階への配達荷物と、いくらかの販売用回復アイテム。それに私物だ。
部屋に残っていた最後のパーティーが出発の準備を終え、行くぜ、と声をかけてきた。
俺は、パーティーの後に続いた。
穴を出てすぐ魔物に襲われる危険を避けるため、俺も、一緒に部屋を出るのだ。
最後に部屋を出る者は、穴を部屋の内側から木の板の蓋で閉じてから、四つん這いのまま、バックで通路まで進まなければならない。
通路に魔物がいた場合、無防備な姿をさらすことになるため、できれば一人じゃない時の方が安心だ。
部屋中央のカンテラは、灯したままである。
だが、まだ反応をしていない鉱石燃料の大半を取り除いたため、じきに消えるはずだ。
自分たちの明かりを手に持ち、パーティーの一人が穴に入った。
次のメンバーは、すぐには後に続かない。
外に何か問題があり、先頭が急いでバックで戻ろうとした際に、後続がつかえていると邪魔になるためだ。
先頭が通路に出て、何も問題がないようならば、後に続けと、指示がくるはずだった。
だが、指示が来ない。
二番目に穴に入ろうと腰をかがめていた探索者が、穴に頭を突っ込んだ。
すぐ頭を出し、
「誰かと話してるみたいだ。見てくる」
そう言ってから、穴に入っていく。
通路に他の探索者でもいたのだろう。
荒げた声は聞こえてこないので、揉め事ではなさそうだ。
二人目が四つん這いで穴に消え、少しして、先頭で穴に入った男が、ひょっこりと穴から顔を出した。
明かりは持っていないので、二番目に出た男に預けたのだろう。
先頭の男は、部屋に出るや向きを変えて再び穴に頭を突っ込み、大丈夫だから早く来い、と、誰かを促がした。
もそもそと、後から探索者のパーティーが入ってくる。
六人組だ。
地下四階で俺が追い越した新顔のパーティーだった。
疲れているようだが、誰も大怪我はしていないようだ。
「ここなら穴を塞いでおけば休みが取れる。足りないものがあるなら、ボッタクルから買うといい」
「ボタニカルだ」
お約束のように、俺は反論する。
男は、俺の言葉を全く無視して、
「じゃ、ボッタクル、あとは任せた。俺たちは出発だ」
と、仲間に声を掛けて、さっさと穴から出て行ってしまった。
パーティメンバーも後に続く。
後には、俺と新顔パーティーが残された。
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