第4話 立て看板

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 俺は、安全地帯内部を見回した。


 俺が持っていた明かりを除くと、部屋の中央に、竿に吊るした小さなカンテラが一つ掲げられているだけだ。


 穴から通路へ漏れ出てきた光の源である。


 俺と同じ鉱石方式だ。


 風のある通路と違って、閉鎖空間である隠し部屋では、火を使いすぎると中毒を起こす危険がある。


 いくつかの探索者たちのパーティーが、思い思いの場所で、お互いに距離を保ちながら、荷物を下ろして、休んでいた。


 距離を置くのは、不用意に他のパーティーに干渉して、トラブルに発展しないための処世術だ。


 各パーティーは、基本的に明かりを灯してはいない。


 室内中央にあるのは、大した明かりではないが、そもそもが暗黒のダンジョン内である。まったくの闇に比べれば、十分すぎるほどに明るい。


 他に利用できる明かりがあるのであれば、自分のパーティーの消耗品を減らす愚は、犯すべきではない。


 地下五階まで降りてこられるパーティーだけあって、そのあたりの意識は徹底されている。


 では、現在、灯されている明かりは、どのパーティーが代表して供出したのか?


 実は、我がボタニカル商店なのである。


 室内中央の明かりの足元には看板がある。


 そこには、


『この明かりは、ボタニカル商店の配達を待つお客様のためのものです。それ以外のお客様のご利用は、ご遠慮ください』


 と書かれている。


 三年前、探索者を引退して所帯を持ち、ボタニカル商店を開くにあたって、ボタニカル商店の認知度向上のために、俺が立てた看板だ。


 発案は、かみさんである。


 看板の下には、予備の鉱石燃料も置いてある。


 無人の隠し部屋に最初に入ったパーティーが明かりを灯し、最後に隠し部屋を出るパーティーが明かりを消す。


 というのが、暗黙のルールである。


 つけくわえれば、部屋を出るパーティーは、室内に魔物が入り込まないように、木の板で必ず穴に蓋をすること。


 というものもある。


 もちろん、ボタニカル商店のお客様以外のパーティーが明かりを利用している場合もあるし、時には不届きなパーティーが、明かりや燃料を盗むこともある。


 だが、それは想定の範囲内だ。


 ダンジョン内の安全地帯で、我がボタニカル商店の明かりを目にして安心した探索者たちは、ボタニカル商店に親近感を抱き、地上で、お店を利用してくれるに違いない。


 そう考えて設置した看板だったが、効果は期待以上だった。


 街の郊外に位置するちっぽけな店だが、安全地帯の看板を見て、わざわざ訪ねてくれたという新規のお客様が、思った以上に多い。ありがたい話だ。


 ここ、地下五階の安全地帯においても、基本、ならず者の探索者たちが、俺が到着したらすぐ店を開けるよう、律儀に場所を開けておいてくれるばかりか、部屋への荷物の運搬すらも、何も言わずに手伝ってくれる。


 ダンジョンで一番出会いたくない危険な相手は他の探索者だが、ダンジョンで一番頼りになる相手もまた、探索者だ。


 ダンジョン内で自分の身を守るのは、最終的に自分だけだが、利害が一致する限り、探索者たちは協力し合うものだった。


 でなければ、魔物に比べて圧倒的に生命力の弱い人間は、地下でなど生き残れない。


 運んでもらった俺の荷物は、部屋中央の明かり近くの地面に、並べて置かれていた。


 その横に、俺が渡した明かりを持った、先ほどの探索者の男と、男が所属するパーティーのメンバーが立って、俺を待っている。


 我がボタニカル商店では、一定額以上のお買い物をしてくれたお客様に対して、地下五階と地下七階の安全地帯を受取場所として、無料で商品の配達サービスを実施していた。


 同業他社には真似のできない、ボタニカル商店だけの独自サービスだ。


 地面に置いた状態のリュックサックは、一見、布でできた大きな箱である。


 木の棒で枠を組み、布を張って作ったリュックサックだ。


 俺はリュックサックの口を、中身が取り出しやすいように大きく開いた。


 リュックサックは、横側の一面全体の布が丸ごと開くようになっている。


 中は小段で仕切られていて、配達用の荷物を、パーティー単位に小分けしてあった。


 配達品とは別に、追加で商品が必要となったお客様に売るためのアイテムも、いつも持てるだけ持ってきている。何が必要とされるかは、その日になってみないとわからない。


 配達と販売の準備が整い、俺は男から明かりを返してもらうと、リュックサック上部の明かり竿挿し用の穴に、竿を立てた。


「よし」と、準備が完了したことを告げる言葉を発する。


 男が、待ちくたびれたように、「俺たちが一番に受け取りな」と、念を押す。


 俺にというより、待っている他のパーティーたちへの宣告だろう。


 開店の準備をしていた俺の周りには、部屋の各所から、一人二人ずつ各パーティーの受け取り担当がやってきていた。


「分かってる。だとしても、ちょっと待て」


 俺は、集まってきた者たちに声をかけた。


「死にぞこないがいる隊はないか? もし、いるならば、その隊が優先だ」


 幸い、誰からも手は上がらなかった。


 だが、たまにある。


 回復系のアイテムや呪文を全て使いつくした状態で、何とか、安全地帯に辿り着く。


 他のパーティーに、回復アイテムの融通や治療を頼むが、断られるか、見合う代価を支払うことができずに、死にぞこないを抱えたまま、まだかまだかと俺の到着を待っている。


 この場合、彼らに、アイテムを融通しなかったパーティーは、薄情だろうか?


 少し待てば、配達に俺がやってくるのだから、余っている薬草の一つ二つぐらい、前貸ししてやったって問題はないだろう。


 もし、そう思ったとしたならば、ダンジョンでは生き残れない。


 今日は、偶々、辿り着けたが、毎回、俺がここまで生きて辿り着けるという保証は、どこにもない。


 着けたとしても、予定の時間どおりとも限らない。


 どのパーティーも、いつまでも、ずっと俺を待ち続けているわけにはいかないだろう。


 そうなると、余っていたはずのアイテムが、途端に必需品になるわけだ。


 危機管理上、自分たちのパーティーを守るための正しい判断を下すのであるならば、どんなに余裕がありそうに思えても、他のパーティーに回復アイテムを融通してはいけない。


 責められるべきは、むしろ回復アイテムが不足する事態に陥ったパーティーの側である。


 だから、俺は、集まってきた探索者たちに向かって、いつもの前口上を投げかけた。


「お前ら、俺のアイテムに依存しすぎるなよ。荷物を運んでくる途中で、俺だって、いつ倒れるかわからないんだ。今日、俺が、ここまで辿り着けて、お前らが俺に出会えたことは、ラッキーだと思え。このラッキーを逃がすな。配達品を受け取って、まだ不足があるならば、早い者勝ちだ。どんどん買って行ってくれ」

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