第3話 安全地帯
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もちろん、魔物が出ないとか魔物から襲われない、自動的に体が癒されて回復するというような、都合のいい場所ではない。
魔物から身を隠す隠れ場所が多くあるとか、もし、魔物に見つかっても、少ない人数で撃退しやすい、うまく逃げられる、そういった場所である。
罠を仕掛けやすいため、罠さえ仕掛ければ安心して長時間休憩ができる場所、という場合もある。
たまたま条件が重なって安全地帯になるだけなので、もちろん、各階に存在するわけではない。
直近では地下五階、次いで地下七階に存在していた。
俺の配達の受け渡し地点だ。
地下五階の安全地帯は、一言でいうならば隠し部屋だった。
緩やかに左方向に婉曲して伸びる通路の、まさしく婉曲の頂点部分を越えてすぐの壁の下の方に、縦横一メートルほどの大きさの横穴が、ぽっかりと口を開いていた。
普通に歩いていると、視線は婉曲の先ばかり見てしまうため、あまり気にしない場所である。
また、足元に近いため、松明の暗い明かりでは、陰に紛れて見落としてしまう。
現在、俺が立っている場所は、まさしくそこだ。穴の前である。
俺は、しゃがんで、壁に開いた横穴の中に竿先に吊るしたカンテラを突っ込んだ。
二メートル程奥で、穴は塞がっている。
穴の向こう側から、木の板を蓋のように押し当てて、穴が閉ざされていた。
俺は、穴の奥に向かって声をかけた。
「ボタニカル商店だ。誰かいるか?」
ガタゴトと木の板を外す音がして、穴の中から明かりが漏れ出した。
見知った顔の探索者の男が顔を見せる。俺の顧客だ。
「待ってたぜ」
と、男は破顔した。
男は、穴の内側を振り返ると、
「おい、みんな。ボッタクルが来たぞ」
大声を張り上げた。隠し部屋には、男のパーティーだけでなく、他にも俺を待つ探索者たちがいるようだ。
「ボタニカルだ。人聞きの悪い名前で呼ぶな」
「似たようなもんだろ」
「違うわ。竿を頼む」
俺は、手に持った明かりを中に引き込んでもらうべく、竿を突きだした。
男は、カンテラが吊るされている竿の穂先近くをつかむと、竿を折らないように、そのまま、まっすぐに穴へ引き込んだ。
俺の元には明かりがなくなり、穴の奥から漏れてくる光だけが頼りとなる。
暗い通路で、俺は体の前後のリュックサックを下ろすと、まず、背中側の大きい方のリュックサックを、横倒しにして、頭から横穴に突っ込んだ。
穴の大きさとリュックサックの大きさがほぼ同じため、中から漏れてくる光すらなくなり、途端に周囲は暗黒になる。
穴の奥で、探索者の男がリュックサックの頭をつかんで、一息に引きずり込んだ。
通路に、再び、明かりが戻る。
まさしく、この穴に引っかからずに入る丁度良い大きさを計算して、俺は、背中側のリュックサックを製作していた。配達の受取場所として、一番よく使う安全地帯なのだ。
続いて、腹側のリュックサックも穴に入れる。
リュックサックは、一瞬で、穴の奥へ消えた。
最後に、俺自身が四つん這いになって、穴に入った。
穴の周囲の石は、ほぼ毎日誰かが出入りしているため、擦られて、すっかり滑らかになっている。
二メートル程、四つん這いで穴を進み、ぽっかりと開けた隠し部屋の中に出る。
通路同様、周囲を石材のブロックで築き上げた、何もない広い部屋だ。
縦横二十メートル四方はある大きな部屋だった。高さは通路同様四メートル程だ。
装飾品も何もない、がらんとした空間だ。
部屋への出入りができる場所は、穴だけだった。正式な出入口は、どこにもない。
もちろん、穴は正式な出入り口ではなかった。
壁の向こうに隠し部屋があると知った誰かが、壁を壊して、開けたものだ。
魔物が巣穴を掘ったというような、自然の穴ではない。人間の仕業だ。
俺の考えでは、遺跡が作られた当初は通路側の壁はなく、通路に直接面した広い空間になっていたが、後から通路側がブロックで塞がれて、空間が閉ざされた。
または、通路と部屋を行き来する出入口はあったが、それが無くされ、ブロックを積んで閉ざされた。
もしかしたら、中に何かを隠すために、壁をつくって塞いだのかもしれない。
だが、長い年月の間に、どういった理由でかわからないが、閉じた壁に穴が開けられた。
ありそうなのは、空間を塞いで何かを隠すよう指示した者の意図はさておき、実際に穴を塞いだ作業員たちが、完全に壁を塞いだように見せかけて、一部のブロックに通路側から外せるような小細工をしていた、というものだ。
後から壁のブロックを取り除いて穴を開け、隠した何かを取り出したのだ。
もっとも、大抵の場合、権力者の隠し事に駆り出された作業員は、口封じに消されてしまうのが常であるため、別の誰かによる仕業の可能性も高かった。
だとすると、口封じをした側の誰かの仕業かも知れない。
いずれにしても、今では中に隠されていたであろう品物など何もなく、がらんとした空間のみの部屋は、迷宮探索者たちに、安全地帯として利用されている。
部屋に入って、内側から侵入口を塞いでしまえば、魔物は入れない。
もし、無理やり入ってこようとする魔物がいた場合は、内側から塞いだ板を、少しだけ下げて隙間を作り、魔物が穴から首を出したところを集団で攻撃すれば、逆に効率的に倒すことができる、魔物狩りの好ポイントだ。
反対に部屋から出る探索者を、通路で魔物が待ち受けてしまう危険もありえたが、その際、臨機応変な対処もできないような探索者では、そもそも地下五階まで降りてくることはできないはずだ。
したがって、心配はない。
だからといって、部屋の出入口を狩場として、魔物を誘き寄せては倒すような真似を繰り返しては、出入口が血だらけになってしまう。
ダンジョンが倒した魔物の死体や血を綺麗に吸収でもしてくれれば良いだろうが、そんな馬鹿な現象などあるわけもなく、実際には、誰かが死体を運ぶか、他の魔物や虫の類に食い尽くされてしまうまで、惨状は、そのままだ。
当然、死体は腐り、悪臭を放つようにもなる上、安全地帯への出入りの度に血だらけになってはたまらないので、出入口を利用して魔物を倒す行為は、真に緊急な事態を除いては、探索者たちの暗黙のルールとして、禁止されている。
幸い、今日の出入口は綺麗だった。
隠し部屋に入った俺は、立ち上がると、衣服についた泥汚れを払い落した。
さて、商売の時間である。
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