三年目
「言えなかった言葉は今はどこにいるの」
「ちょうどローマを折り返したところだ」
「え、折り返しちゃったの」
「予定より早くローマに着いて本人も戸惑ってるみたいだ。その結果、来た道を辿るという愚行を選択してしまったようだな」
「アドリブが苦手なタイプなのね」
放課後の教室で、僕と海原はセンター試験模試の結果判定表を机の上に広げながら進捗状況の報告をしていた。
「それよりどうだった。俺C判定なんだけど」
「私はB判定。でも今回は運がよかったんだと思う」
「運も味方の内って言うけども」
「でも本番じゃどうなるかわかんないから」
彼女が白い息を吐く。エアコンをつけたばかりの教室はまだ温まっていない。冬休みを迎えた学校はとても静かで、時間すら止まっているように感じる。
しかしどうしたって時間は止まってくれない。
僕たちは来月のセンター試験に向けて、追い込みの真っ最中だった。
「ギリギリまでやらなきゃだなこれは。負けられない戦いがここにはある」
「いや今回に関しては本当にそう」
「賭けるのは未来。決めるのは努力」
「お、青春ドラマが始まりそう」
「始まるのは青春ドラマかキャンパスライフか」
「うわー! 夢のキャンパスライフおくりたーい!!」
騒ぎすぎて疲れたのか、海原はひとつ息をつく。
「……後悔してる?」
唐突に彼女は尋ねた。
それはきっと去年の修学旅行での約束のことだ。
***
「さすが東京。3Dだ」
「そりゃどこでもそうでしょうよ」
「でかい、ドリーム、電車めちゃはや」
「さすが東京だー‼︎」
僕たちはあみだくじで決まった行き先をこれでもかというほど楽しんで回っていた。そして夕日を見送りながら、最終目的地である東京タワーの展望台へと辿り着く。
「綺麗……」
息を吐くように海原が言う。
視界一面に煌びやかな夜景が広がっていた。星空が落ちてきたかのように、様々な色や大きさの光が瞬いている。
「これは、忘れないな」
「私も。今度ここに来るのはいつになるかわかんないけどさ」
隣に立つ彼女は話しながらも目は離さない。他の班員はどこに行ったんだと見回すと、ギフトショップに釘付けだ。情緒の欠片もない連中だな。
「海原って大学は近くのとこ行くんだっけ」
「そ。親がね、一人暮らしさせるのは心配なんだって」
もう少し信頼してほしいもんだよ、と彼女はそれでも幸せそうにぼやく。
「まあ良い大学が近くにあるなら、わざわざ出なくてもいいよな」
僕はフォローするように言ったが、彼女から返ってきた返事は予想外のものだった。
「ねえ山峰。私と同じ大学行かない?」
「え」
「あはは、急にごめん」
目を丸くする僕を見て、海原は笑う。
そして「今から柄にもないこと言います」と彼女は宣言した。
「放課後、山峰と騒ぐのが楽しかった。それがもうすぐ終わるのが寂しかった。だからもうちょーっとだけ引き延ばせないかと悪足掻きをしてみたのです」
それだけ、と彼女は光の群衆を見つめる。その表情に笑顔はない。
「……海原」
「でも山峰のやりたいことを止めるつもりはないので! 行きたいならローマにでも行っちゃえよ!」
海原は歯を見せて笑った。その笑顔に、東京の光が乱反射する。
目を細めた僕は口を開く。
「僕には夢も希望もない」
「どうした急に」
「やりたいこともなりたいものもない」
でも、と続ける。
「海原と大学の広い教室で騒ぐのは楽しそうだと思った」
彼女はこちらを見た。
「今、夢が見つかった」
僕も彼女の目を見る。
適当に流すなんて、できるわけなかった。
「一緒に夢のキャンパスライフを目指そうぜ」
「……約束ね」
***
僕は嬉しかったんだ。
あの高さ150メートルの展望台で。
君も同じ気持ちでいてくれたことが。
「後悔なんか、あるわけない」
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