二年目

「言えなかった言葉は今はどこにいるの」

「ちょうどインドを通過したところだ」

「着々とローマに向かってるね」

「計画性のあるやつだったんだな」

「信頼できる部下タイプだね」

 放課後の教室で、僕と海原は観光情報誌を机の上に広げて進捗状況の報告をしていた。

「東京タワーと上野動物園は外せない。ここ行かなきゃ東京行く意味ないだろ」

「竹下通りとサンシャインは? あ、スカイツリーってお店もいっぱい入ってるんだって!」

 僕たちは来週に控えた東京修学旅行の計画を練っていた。他の班員に要望はないらしいので、海原と二人で行きたい場所をピックアップしている。

「くそ、なんでこんなに東京は魅力がいっぱいなんだ。小さいくせに」

「その小さな土地に夢をいっぱい詰め込んでるんだよ。侮らないで」

「仕方ない。こうなったらあみだくじで決めるしか……」

 あーでもないこーでもないと言い合って疲れたのか、海原はひとつ息をつく。

「でもこうして色々計画立ててるときも楽しいんだよね」

「そうか? 僕は悔しさでいっぱいなんだが」

「楽しいよ。だってここに書いてあるどこに行っても絶対楽しいんだから。こんな当たりばっかのあみだ中々ないよ」

 確かに想像するだけでも楽しいことは間違いない。それは君がいるから、とはもちろん言わなかった。

「む、つまり海原はどこに行ってもいいってことか? じゃああみだくじなんか必要ない。ここからは僕の行きたい場所のみでスケジューリングする!」

「ちょっと待った! それとこれとは話が別だー‼︎」

 彼女は先程までの疲労感を感じさせない勢いで身を乗り出してきた。

「山峰に決定権を与えるとろくなことにならないんだから!」

 海原がそう言うのは、きっとこの間の文化祭の出し物のせいだろう。


***

 

 僕たちは悩んでいた。クラス全体がその問題に頭を悩ませていた。

 文化祭の出し物を『おばけ屋敷』にするか『メイド喫茶』にするかでクラスが二分していたのだ。

 おばけ屋敷は「そんなのありきたりだ」「暗いと何かあったとき対応しづらい」などの意見があり、メイド喫茶は「メイド服なんて恥ずかしい」「良い紅茶やお菓子はお金がかかる」などの意見があった。

 この戦いは思った以上に根深く、もう本番は二ヶ月後だというのに両者とも頑固に譲らない。

「このままじゃ一向に決まらないので、いっそ誰かに決めてもらいましょう」

 そんなとき立ち上がったのが海原だった。

「その一人はくじ引きで決めます。これで全員公平です」

「そいつがおばけ屋敷派だったらどうするんだ!」

 男子の一人から声が上がったが、海原は容赦なく圧し潰す。

「それがこのクラスの運命だった。それだけです」

「……くっ」

 そんなやり取りの間に海原はクラス全員分の線を引いたあみだくじを作ってしまっていた。仕事が早すぎる。

「端から回すので、一人ずつ名前を書き込んでください」

 もはや誰も反論することなく、淡々と一人一人が自分の名前を記入していく。

 その結果。

「はい、決定権は山峰くんに与えられました。さあ決めて」

 僕だった。クラス中の視線が僕に集まる。

「そうだな……」

 自分に空気を読む力が備わっていることをこの日ほど恨んだ日はない。

 それでも決めなければ。鋭利な視線に挟まれながらも、僕は決定を下した。

「じゃあ……『おばけ喫茶』で」

 超絶弱気の折衷案だった。

 しかしこの提案が意外と好評で「ありそうでないかも」「おばけなら恥ずかしくないや」とみんな納得してくれた。


 ──そうして迎えた文化祭当日。


 初めは物珍しさに顔を出してくれる人も多かった。

 しかし次第に楽しくも美味しくもない空間だと気付き始め、客数は瞬く間に減少。

 教室が暗いためティーカップを落として割れた際にも回収が困難。

 客が減ったので収益も得られず、結果として大赤字。

 と、散々な文化祭となったのであった。

「ま、これがこのクラスの運命だったということで」

 みんなが落ち込みムードの中、海原だけはそう笑っていた。

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