一年目

「言えなかった言葉は今どこにいるの」

「ちょうど四国を通過したところだ」

「まだ半年しか経ってないのに結構進んだのね」

「そりゃもう秋だからな。カツオが旬だ。タタキや藁焼きでも食べに行ったんだろ」

「グルメだね」

 放課後の教室で、僕と海原はカツオの調理サイトを表示するスマホを机の上に置きながら進捗状況の報告をしていた。

 僕と海原はなぜか小学校の頃から毎年同じクラスで、近くの席になることも多かった。僕たちの仲が深まったのも、その深まった仲を恋と呼んだのも、この偶然がきっかけに違いない。

「で、そっちはどうなんだよ」

「こっちも順調。虎視眈々と獲物の隙を伺ってるわ」

「つまり現状維持ってことか」

「こっちは途中経過とかないのよ。現状維持か結果発表しかないの。慎重にもなるでしょ」

「そんなもんか。そういえば聞いたことなかったけど、相手ってどんな人なの」

「お、なになに? 私がどんな相手に好意を抱くのか気になるのかい?」

「いや別に。幼馴染が変な男にひっかからないか確認しておこうと思っただけだよ」

「おやおや心配してくれてるの? うわー柄じゃないね」

 彼女が意地悪そうに笑いながら放ったそのセリフは、梅雨明け直後で油断した雨の日に言われた言葉だった。


***


「スイッチがあるんだ」

 雨音に包まれた教室で、僕は海原にそう言った。

「昔から自分のキャラクターをいくつか用意してて、スイッチでそれを切り替える。そんな風に生きてきた」

 友達と話す自分。家族と話す自分。教師と話す自分。

 その場その場の空気に合わせて自分を変化させるのが得意だった。

 でも、これは多分みんなそうだ。誰しもが大なり小なり空気を読んで生きている。

 好きなものに好きと言って、嫌いなものに嫌いと言いながら笑っていられるほど、簡単な世の中じゃないはずだ。

 どんな自分が求められている? そんな風に考えながら過ごすうちに、僕は自然と自分を設定するようになっていた。

「柄じゃないね」

 海原はそう言った。

 嵐でも来るのかな、と彼女は窓の外を見る。

「確かに。柄でもキャラでもないよな。ところで柄とキャラって似てない?」

「うわー唐突に山峰再誕。キャラはキャラクターの略だけど」

「じゃあガラクタ―だな」

「じゃあ、とは?」

 言ってから急に恥ずかしくなってきて、そんな適当な会話で凌いだ。どうして僕はそんな話を海原にしようと思ったのか。柄でもない、キャラでもない話を。

 雨音のシャッターに囲まれて、他の誰にも聞かれない安心感に惑ってしまったのかもしれない。

「でも、なんか嬉しいね」

 海原の返答は思っていたのと違った。僕は首を傾げる。

「その話をしてくれた山峰は、誰と話す用の山峰でもないんでしょ? じゃあ今は私専用の山峰だ」

 それから言葉通り、彼女はとても嬉しそうに笑った。

「私にしか言えない君の秘密が聞けて、私は嬉しい」

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