第15話 入院中のそれぞれの日々
祖母は14日間入院していた。
その中で初めは誤嚥性肺炎を起こしていたので、食事は摂れなかった。
誤嚥性肺炎を起こしている時に食事を摂ると、誤嚥したときに更に肺炎を悪化させるからだそうだ。
断食を終えて、スープや飲み物にとろみ剤でとろみをつけ、飲み込みやすいようにトレーニングしたそうだ。
夜手紙を届ける度に看護師さんから「とろみ剤が必要なので、明日以降下の売店でご家族の方に購入して頂き、こちらに届けていただけますか?」
「今立ち上がると危険なのでトイレには行かないようにして、その代わり介護用オムツをつけて管理します。なので、明日以降下の売店で介護用オムツを購入し、届けていただけますか?」等と報告があった。
私が行く夜の時間は売店が閉まっているので、それを祖父や母に伝え後日届けてもらった。
そして、祖父や母も荷物を届ける度に看護師さんに「本人の容態はどうですか?」と聞いていた。
すると入院中のある日、いつも手紙を読んで欲しいと看護師さんに声をかける祖母が1度も看護師さんにお願いしなかった日があったそうだ。
おや?と思った看護師さんが病室を訪ねて「ゆきこさん、お手紙読みますか?」と聞いたところ、面白い返事が返ってきた。
「今日は大丈夫よ。今日病院忙しかったでしょ?看護師さんの姿が見当たらなかったから、急患さんかなぁ?忙しいのに、私のお願いで声掛けて迷惑かけたらいけないから、落ち着いた時で大丈夫なのよ。私の事なんて。ごめんなさいね、時間取ってしまって」
と言ったそうだ。
テレビもあまり見ず、メガネが合わないので本等も読むことがなかった祖母。
いつも窓の外を眺めたり、隣のベッドのおばあちゃんが看護師さんに甘えているのを見て微笑んだり、ナースステーションの様子を伺ってお気に入りの看護師さんがいると応援したり、そんな事をしていたのだ。
これでは病人ではなく、警備員さんではないか。
私はなんだか笑ってしまった。
祖母は看護師さんにかなり気をつけて見てもらっていた。
ベッドから落ちたら行けないので、肩にてんとう虫(ベッドからある程度の距離離れると、自動的にナースステーションに連絡が入る転落防止装置)を付けてもらったり、あまり看護師さんに自分から話をしなかった様なので、看護師さんから話しかけてもらったりして様子を見てもらっていた。
しかし、いい人を装っていた祖母は普段家で言う「バカ言うんじゃないよ!」なんてセリフは封印し、ニコニコしていたそうだ。
完璧に猫をかぶり続けていた。
祖父が看護師さんに「本人えらい口調で話してきませんか?看護師さんが嫌な思いしてたら、申し訳なくて・・・」と言った時も「そんな事全くありませんよ!いつも笑顔で素敵な奥様ですよね。」と言われたらしい。
もちろんこの言葉を聞いて祖父は驚いていた。
ここまでくると、主演女優賞をあげたいくらいだ。
誤嚥性肺炎が落ち着いてからは、薬の調整や復帰するためのリハビリもあったと言うが、寝たきりの本人からしたらかなりハードだったようだ。
しかし、今は入院前よりも元気になったので看護師さんや先生たちのおかげだと思う。
祖母が入院中の私は、休みの日は毎日祖父の家に行き、いつ祖母が帰ってきてもいいように掃除・洗濯を欠かさずしていた。
そして必ず飼い猫にチャオチュールをあげて、飼い猫のケアもしていた。
猫アレルギーなのでかなり辛かったが、喜んで足元でスリスリしてくれるようになった。
母も祖父も同じように、祖母が帰ってきてもいいように一緒に掃除をしていた。
母は祖父のために作ったおかずを届けたり、買い物に連れて行ったり。
これが親孝行かと勉強になった。
そんな風に祖母の帰りを待っていたある日。
主治医の先生から電話が来た。
「ゆきこさん、だいぶ良くなって突然もう帰りたい!と自分の気持ちを伝えてくれるようになりました。数値も良いですし、誤嚥性肺炎も治りましたので、明日退院とします。」
病院からの退院連絡は、いつも突然なのである。
祖母が猫をかぶるのにもそろそろ限界が来たんだろうなとみんなで笑って「分かりました。明日の10時に迎えに行きます」と伝えた。
いよいよだ。
2週間ぶりの祖母との対面。
その日の夜はワクワクして寝られなかった。
偶然、祖母の退院の日が休みだった私は、退院前日に「お祝いだ!」と言って、祖父の家でビールを飲んだあと、家に帰り旦那とレモンサワーを飲みながらお寿司を食べた。
それに付き合わされたお酒の弱い旦那は、顔を真っ赤にしてソファでうたた寝してしまった。
私はそれでもワクワクが止まらず、旦那が寝ている間にガリをつまみに更にお酒を飲んで、1人で訳の分からないダンスをしていた。
「ゆきちゃん♪ゆきちゃん♪明日帰ってくぅ〜るぅ〜!」と言いながら。
今思えば、私こそ病院で頭の検査をした方がいいと思った。
バカは死んでも治らないが・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます