第12話 主治医からの言葉
祖母が緊急入院した翌日、私は仕事が休みだった。
主治医の先生から祖母の容態説明があるから病院に行くよと、母と祖父が言った。
行ってらっしゃい!なんて言える立場の私ではない。
私が早く気付いていたらこんな事にならなかったんだ。
「私も行く」
母と祖父は顔を合わせてしばらく黙り込み、わかったと了承してくれた。
祖母のあの姿を、私に見せたくなかったのかもしれない。
車を走らせ、祖母の入院する病院に向かう。
ナースステーションで看護師さんに声をかけ、別室に移動させられた。
誰も話さない静かな時間。
長く長く感じた。
しばらくして、若い先生が来た。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。主治医の○○と申します。」
入ってきたのは若い男性医師。
名札の横には研修医の文字。
母は一瞬「え?研修医?」という表情を見せたが、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「この先生が、ゆきちゃんを救ってくれた。」
ベテラン医師でも研修医でも、患者を思いやる気持ちは同じだ。
この先生もいつか、ベテラン医師として沢山の患者の命を救うのだと思うと、あの祖母が「研修医さんも大変よね。これからよね!私の体で練習していいわよ」と言っているような気がした。
私と祖母はよく似ているんだから。
「まず、ゆきこさんの容態についてです。昨日緊急搬送された時点ではかなり危ない状態でしたが、今は落ち着いています。」
母と祖父と私、揃ってほっとした表情をした。
「ただ・・・」
3人揃って顔を上げる。
「ただ、色々検査をしたら他にも病気が見つかりました。昨日の時点でかは分かりませんが、大動脈解離。大腸の大動脈が解離しかけて、なんとか塞がっている状態です。それと、誤嚥性肺炎。」
3つの病気を掛け合わせてもなお、懸命に治療に取り組んでいる祖母。
代われるものなら代わってやりたいと、涙が出そうになった。
先生は言った。
「本来であれば、急性心不全の治療で血をサラサラにする薬を投与したいのですが、それをするといつ大動脈解離が再発するかわかりません。大動脈解離してしまうと、それこそ危ないです。誤嚥性肺炎を起こして食事も今はお休みし、点滴で栄養をとっています。正直、今日明日が山場です。どれだけ本人の体力が持つか・・・」
目の前が真っ白になった。
こんな、こんなにも運の悪いことが他にあるだろうか。
主治医の先生のサポートをする、ベテラン医師が隣で口を開いた。
「気持ちの整理がついていないのは、こちらもよくわかります。しかし、万が一の場合御家族が判断するまでに苦しむのは本人です。こちらをご覧下さい」
見せられたのは数枚の紙。
そこには延命治療の有無について、と書かれていた。
正直ショックだったが、先生の言う通りだ。
万が一の場合、延命するのか話し合っている暇はない。
「延命治療についてです。考えたくないと思いますが、落ち着いて聞いてくださいね。まず、延命治療を行う場合心臓マッサージが思い浮かぶと思います。しかし、この圧迫により肋骨が折れることもよくあります。そしてその後、気道確保で喉の当たりを少し切開し、チューブを入れて酸素を取り込む事もあります。延命治療については、ご家族で話し合ったことはありますか?」
私と母が顔を合わせた時、祖父が言った。
「延命治療はしません。最後まで辛い思いをさせたくないので、先生お願いいたします。」
話し方的に、普段祖母と話して決めていたのだろう。
延命治療は嫌だと。
私たちは従った。
「わかりました。万が一の場合、延命治療は行わないと言うことで決定致します。夜中など急変した場合、どなたの電話番号におかけしたらいいでしょうか?」
そんな事考えたくもない。
しかし、私たち3人の番号を伝えて先生の話を聞き、決めるべきことは決定した。
その時だった。
横の廊下をベッドに乗った祖母が通ったのだ。
母が最初に気付き、声を上げた。
「お母さん!」
検査前だったのでそのまま言ってしまい、祖母も気がついていなかった。
母がここまで取り乱していたのには理由がある。
祖母が入院する2.3日前に親子喧嘩をしたのだ。
それを後悔しているため、母にいつもの冷静さはなかった。
「これからゆきこさんは検査なんです。でもよかった。一瞬でもお顔が見れたみたいで。コロナ禍で面会もできませんし、偶然だったとしてもお顔が見られてよかった」
先生は優しい言葉をかけてくれた。
それから必要な書類を記入し、車に乗る前祖母が入院しているであろう病室を外から眺めた。
ゆきちゃん、寂しいよね。
でも皆その気持ちは同じだよ。
私、ゆきちゃんの寂しい気持ちが少しでも無くなるよう毎日会いに来るから・・・。
そして私は祖母の入院期間、毎日病院に通った。
コロナ禍で面会ができないが、荷物の受け渡しは可能だった。
それなら大丈夫だ、ゆきちゃんを少しでも励ましてあげることができる。と思った。
その作戦とは、私から祖母へ入院期間毎日送った手紙と写真だった。
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