第7話 祖父の大手術と祖母のお留守番
2020年 夏。
祖父のお腹の調子が頻繁に悪くなった。
お腹が緩くなったと思ったら、便秘。
それの繰り返し。
そしてある日、こっそり祖母から「昨日、けいちゃん血便が出たってさ」と聞いた。
私は美容の専門学校に通っていたが、学科で保健を学んでいた。
美容師とは直接関係がないじゃないかと思うかもしれないが、不特定多数の人と関わるため、感染症や衛生について幅広く展開して教えられたのだ。
そして、その内容が今でも頭に入っていたため祖母の言葉を聞いて嫌な感じがした。
血便が出たと言うと、病院に行こうとなるのが嫌な祖父は何事も無かったかのような顔をしている。
「けいちゃん、私になにか言うことない?」
ニカッと歯を出して笑う祖父。
この笑い方をする時は、バレたくないことがある時のみだ。
「血便が出たんだって?お腹の調子も悪いみたいだし、病院嫌だろうけど付いていくから一緒に行こう。」
散々駄々をこね、説得できなかった私は奥の手を使った。
そう、祖父の中で最も恐ろしい存在。
母からのお叱りだ・・・。
母に連絡すると、すぐ祖父の携帯が鳴った。
お母さんどうしたのかねぇと言いながら電話に出る祖父と、それを横目で見たあと静かに目を閉じる祖母と私。
母の声は大きいため、携帯から漏れる。
また、口調も強いため恐ろしい雰囲気から逃げるため、祖母と私は目を閉じたのだ。
「いや〜・・・だからね、偶然なのよ。血便でたのは。もしかしたら、お腹じゃなくておしりの方の病気かもしれないから、様子を見れば・・・」
初めは対抗していく祖父。
「はい・・・はい・・・。病院ですか・・・?明日行けだなんて、あまりにもはや・・・」
ツーツーツー。
電話が切られたようだ。
祖父に尋ねた。
「お母さん、なんだって?」
「明日みさきがお休みだから、一緒に病院行ってきて!私は店番で行けないから、みさきに報告してもらうからね!!」と・・・。
対抗していた祖父が3分でノックアウトされていて、母の言葉のミサイルは本当に恐ろしいものだとつくづく思った。
「うん、そうだね。けいちゃんが病院に行きたくない気持ちはよくわかるよ。けど、もし何かあって手遅れになったら、けいちゃんも周りの皆も一生後悔する事になっちゃうの。わかってくれるかな?」
ははは・・・と落ち込み気味に笑いながら、祖父は了承してくれた。
そして翌日、かかりつけ医に祖父の運転する車で付いて行った。
病院の前に着くとシャッターが降りていて、1枚の張り紙がしてあった。
すると祖父が嬉しそうに言うのだ。
「あれ?!なんだありゃ!!みさきさん、見てきてくれる?」
これだけ嬉しそうに言うのだから、祖父にとってはラッキーな出来事に違いないと、すぐ確信した。
張り紙には、
「本日臨時休診致します。」と。
車に戻り、臨時休診と伝えると祖父は嬉しそうに笑った。
「あー!そうか仕方ない!先生も大変だから!!さぁ、買い物でもしに行こうか!」
私は笑ってしまった。
76歳の祖父がとびきりの笑顔で言うのだから。
小学生を相手にしているようだった。
帰宅してから母に今日の一連の流れを伝えると、「そんな76歳いないよなぁ・・・」なんて呆れて笑っていた。
今思い出しても笑ってしまう。
しかし、祖父の体に何かあってでは遅いのでその後母がすぐ病院に連れていった。
それから、かかりつけ医の先生に紹介状を書いてもらい、腸内を検査することになった。
すると、検査の先生が顔を真っ青にして言った。
「大腸がんの可能性があります。かなり進行している様子です。すぐに入院して、手術しましょう。」
それでも、他の誰かと間違えて言ってますか?なんてとぼけていた祖父。
ポジティブすぎるのか、現実を受け入れたくないのか私には判断し兼ねる。
そして、分かった祖父の病気。
大腸がん ステージ4。
肺に薄く転移のような影があったそうだ。
すぐ入院し手術をした。
予定されていた時間の倍以上かかったそうで、その日わたしは仕事だったが全く仕事にならなかった。
退院した祖父はげっそり痩せていた。
大腸がんの手術だから、術後の食事もかなり制限されていたそうだ。
退院してすぐ会いに行くと、祖父は入院中の出来事を話してくれた。
約2週間入院していたのだから、話題が尽きない。
「看護師さんで背の高くて美人な人がいたんだよ。その人が俺の採血してくれるのかと思って見てたら、隣の人だったんだよ〜。惜しかったなぁ。」
「看護師さんも先生も、私の声を聞いて言うんだよ。いい声してますねー!って!私嬉しくってさぁ・・・」
祖父よ、誤解しないでいただきたい。
あなたは病気で入院していたのだ。
チヤホヤされに入院したのでは無いのだ。
と、思いながらも元気になった祖父の姿を見て安心した。
この頃、祖父は祖父なりに病気を治して元気に家に帰る努力をし、祖母は祖母なりに元気に帰ってくる祖父を信じて家で飼い猫と待っていたのだ。
祖母は昔からよく手が震えるため、手を切ったり包丁を落としては危ないので、ご飯の支度は祖父の役目だった。
そんな祖父がいない間、震える手で無理して祖母がご飯の支度をし、怪我でもしたら危ないので、祖父の入院期間中は旦那と相談して、私が夜祖母の様子を見に行く事となった。
家で猫とつまらなさそうにテレビを見る祖母の背中は、いつもより少し小さく見えた。
「夜になると、なんだか悲しい事ばかり考えてしまうねぇ」
そんな風に言うもんだから、少しでもその悲しさを減らしたくて、祖母を寝かしつけて毎晩帰宅した。
旦那も寂しかったろう。
それでも、自分の祖母を亡くしている旦那は優しく微笑んで「おばあちゃんの為に、行ってきてあげて」と言ってくれた。
その姿は私にプロポーズした時の当時の旦那より、もっとかっこよく見えた。
祖母を寝かしつけ、猫におやつをあげ「今日も一日ゆきちゃんの相手、ありがとう」と言い帰宅していた。
そして、祖父が退院する前日。
祖父から電話があった。
「明日退院になりました。ゆきちゃんいるかい?」
祖母に電話を渡すと、いつも素晴らしい喧嘩を繰り広げているのに満面の笑みで電話していた。
「ちゃんた(飼い猫のあだ名)、あんたがいないからずっと家の中探して、あんたのズボンの上でふみふみしてるのよ。寂しいんだろうねぇ」と、祖母自身も寂しいのに私は平気よみたいな顔をして、電話を切った。
すると祖母が言った。
「いたらいたで喧嘩するのに、いないと寂しいもんだねぇ」
うんうん、分かってたよ。
表情がどこか寂しそうだったもの。
私が家に行くと、元気そうなふりをするくせに。
本当に、素直じゃないなぁ・・・でも・・・可愛いなぁ。
そう思った。
祖父は退院後、肺に疑わしい転移のような影があったためしばらく抗癌剤治療をしていたが、その間も「今日の看護師さんは美人だったねぇ」なんて病院で愛嬌を振りまいてたもんだから、病院で人気者になったそうだ。
つくづく、病人という自覚があったのか?と不思議な気持ちになる。
しかし、その転移を疑われた影は以前肺炎を起こした時の影という事がわかり、無事に今も元気に過ごしている。
そして、祖父が退院して家に帰ってきてから
すぐ夫婦喧嘩が起きたのは、日常茶飯事すぎて私も母も病人だったと言うことを今でも忘れてしまうほどだ。
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