第3話  10年前の

 帰ってきた妹とリビングではちあう。

 妹はこちらを見るなり、急に血相を変えて駆けてきた。

「お兄ちゃん、思い詰めているの!?」

 勢いのままに手を握られ、妹の手の感触とは別の冷たい感触に気づく。

 そうだ。はさみを握ったままだった。

 目の前の心配そうな目をした妹におどけて返す。

「いや、これは危ない理由じゃなくてな、その、封筒を開けようと」

「嘘。お兄ちゃんに手紙を送ってくる人なんていないもん」

 間髪入れずに帰してくる妹。

 さすがにそれは言いすぎじゃないか……?

 しかしまあ、このまま心配されても困る。

「嘘じゃないよ。じゃあ部屋まで来いよ」


 部屋の机まで行き、例の封筒を見せる。

「これが開けたかったんだよ。本当にただそれだけ」

「本当にそれだけ?」

「ああ、本当だよ」

 少しの間封筒を見つめた後、つぶやくように、10年後の自分へ、と妹が口にする。

 自分で声に出してようやっと事態を呑み込めたのか、顔を上げた。

「そういうことなら最初からそう言ってよね。紛らわしいな。メンヘラかよ」

 最初から言っていた、なんて口答えはナンセンス。

 事態が収拾したのでよしとする。

 はさみを机上に置き、僕は台所に向かった。

「悪かったな。それじゃあ、ささっと作るからそっちも早く準備しろよ」

「もうしてる!誰かのせいで余裕ないんだからしゃべってないで急いでよ!」

 はいはい。

 妹はまもなく着替えて鞄をもちリビングの椅子に座る。

 俺はすぐに出来立てのチャーハンを乗せた皿をテーブルにもっていった。

 

 食べ終えると、妹はすぐに鞄をもって、いってきますと言い残し家を飛び出していった。

 えらいな。

 その姿に胸が少し絞まる感じがした。


 皿を洗って片づけた後、自室に戻った。

 あの封筒を開けよう。

 はさみで中身を切らないよう注意を払いながら封筒の端を切った。

 さかさまにすると、少しつっかえたが、すぐにストンと中身が落ちてきた。

 折りたたまれた一枚の紙。

 開くと、表紙にあったのと同じ感じの文字で文章がつづられていた。

 

 拝啓 10年後の自分へ

 お元気にしていますか。

 今僕はとても困っています。

 ともだちがいません。

 探しているんですけど、なかなかできないのです。

 でも、楽しいです。

 毎日楽しいです。

 おいしいご飯が食べられて、あったかい布団で眠れて、おうちに帰れて。

 でも、やっぱり楽しくないです。

 毎日同じ遊びをひとりでしています。

 昨日も今日も同じゲームでした。

 同じところで失敗しました。

 クラスメイトのOくんが上手いらしいけど、話せません。

 だってぼくは


 そこから先は、にじんでしまって読めなかった。

 厳密には、全体的ににじんでいて、そこから先はインクが混ざり合って黒のシミになってしまっていた。


 その先になんて書いてあったのかはわからなかったけれど、見覚えはあった。

 正確には、封筒に見覚えがあったことを思い出した。

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