四季織々 ~色彩(いろ)付く明日の世界から~

津舞庵カプチーノ

Ⅰ章『横たわる春の章』

第1話『未完の四連作と腐り落ちた櫻』



『──芸術とは、時に自然風景すらも超える可能性である』




 そう残した希代の芸術家、“月代白阿”の生涯は呆気ないほどに幕を閉じた──。

 “よく働く者こそよく死ぬ”のだと──、ある意味よく言ったものだ。

 そして、世界規模の芸術界に決して癒える事のない、大きな、大きな傷跡を残してしまう。

 たかが、一人の芸術家と侮る事なかれ。──白阿の描き上げた作品は、最低でも数十万円の価値が付き、最高傑作と称されているに至っては、海外のオークションで1兆円もの価値が付いたのだ。

 故に、様々な傑作を描き上げた白阿のというものは、嵐の如く業界内を荒らしまわったもの。



 だが、そんな希代の芸術家である月代白阿の最後の作品──『四季折々』と呼ばれている四連作には、が存在する。




 曰く、『四季折々』の四連作は、まだ完成していないらしい──。




 その言葉は、更なる混沌へと、芸術界を誘い込んだ。

 何せ、白阿の最高傑作とも称される四部作が、まだ完成していないという事実。

 それは、高名な芸術家などへと強い衝撃を与えた──。

 一般人から見ればなんてことない風景描写などなど。しかしてそれらは、芸術を専門とする彼等からすれば、衝撃で言葉を失うほどに素晴らしいものだったのだ。


 しかし、という言葉──。


 自分自身の目利きの質が敵わなかったという、その手の仕事をしている者たちからすれば、生活どころか何十年ものプライドを粉々にするほどの衝撃発言。

 だがそれ以上に、何処かしているのも事実。

 だって、自分自身の価値観やら人生やらを、文字通り変えてくれたのが、この希代の芸術家である月代白阿の作品であったのだ。

 そして、その最高傑作の完成形を見てみたいという話は、白阿の絵画に魅せられた彼等彼女等ならば、ごく当たり前の話であった。


 だが、そんな“未完の四連作”を描き上げた月代白阿は、もう死んだ──。

 他の誰かが描き上げる事が不可能なほどの、特質した作風。

 奇しくも、誰彼もを魅了したその作風──“四季折々”と呼ばれた四連作は、その完成を不可能とさせた。

 その事実に、悲しみもしたし、その凶報に無気力になる人までいたそうだ。

 そしてその皆に共通する事だが、死した月代白阿の葬儀の日には、世界中のファンが彼に対して黙祷を捧げたのだ。



 そんな凶報続きであった今日この頃──。

 偏西風にでも乗ったかのような風の噂が、とある噂を運んできた。



 ──曰く、“希代の画家であった月代白阿には、が存在するのだと。



 ♢♦♢♦♢

 


 “月代千歳”の尊敬をすべき、偉大なる祖父が死んだ──。



 そして麻赤踊るは、ただただ舞い散る桜並木を見ていた──。



 悲しくもなかったし、また胸が痛くなるような幻痛を抱く事もなかった──。



 鼻に付く櫻の匂い──いやそもそも、櫻にそんな芳香なんてもの、果たして存在するのだろうか?

 形容詞によって表された、櫻の匂い。

 いやもしかしたら、度重なる絵具の匂いで、少々鼻が馬鹿になっているのかもしれない。


 そんな香りの中、祖父の屍が入った棺がゆっくりと歩んでいく──。

 嗚呼、文字通りの屍だ。

 たとえ、それがどれだけ偉大なる芸術家だったとしても、どれだけ色鮮やかな埋葬をされようとも、彼女にはそれがにしか見えなかった。



 親不孝──いや言い換えるのなら、とでも言うべきかもしれない──。


 人間の生命系統樹としては、間違った旅路なのかもしれない──。



「──あぁ。俺は如何やら、ずれているのかもな」




 /2



「──本日は、ご学業忙しい中、ありがとうございます」

「いや、忙しくはないさ。今日は所謂“早春の頃”──。学業が始まるのは、もう少し先の話さ」


 葬式が終わった。

 千歳の聞く話では、葬式が終わったらそのまま解散か、それとも会食をするものらしい。瓦解した風習。今の時代どうかは知らないが、元々は死した彼の者を見送るための宴会だったみたいだ。

 そして、今回行われているのも後者──云わば、“会食”のようなものであった。


 一応、建前上は故人を偲ぶ会。

 しかしてその実、について話し合う場でもあったのだ。


「──それでですね。月代白阿さんの残した遺産については、遺言状で千歳さん──貴女です」

「……普通は、両親などに配られるものでは?」

「確かに、介護などをしていたらそれなりに貰えるらしいのですが、今回はがあります。他にも貴女の両親に心ばかりの遺産が流れるらしいですが、その殆どは千歳さんに分配されます」


 希代の画家、“月代白阿”の遺産──。

 たとえ、親しい仲であった孫の千歳ですら、端から端まで知りえないほどの遺産が存在するだろう。金ないし、画材などの機材などなど。

 それこそ現金一本で、受取人である千歳一人ならば遊んで暮らせるほどの金額が刻まれている事だろう。


 しかしそんな事、此処にいる誰も彼もがのだ──。

 金は稼げば手に入るという、当たり前に事実。

 だが、あの素晴らしく作品群には、もう会えないとの喪失感。

 嗚呼、此処にいる人々は、月代白阿の死が到底受け入れないのだった。


「……」

「……」

「……それでですね。月代家の当主となった千歳様は、今後どのように御家を動かしていくつもりなのでしょうか?」




 ──音が、消えた。




 先ほどまで騒がしかった会食の場も、清廉なる湖を思わせる場へと変化した。

 元々、月代家はである。先程葬儀を終えた白阿もそうであるし、その何代もの前に遡る当時の当主らも、その全てが絵で財を成した偉人であるのだ。


 そして、そこに座する月代千歳もその限りではない──。

 元々、祖父である白阿に教えを乞うていたのもあるが、類まれなる才を努力によって研ぎ澄まされた腕は、白阿の名を語らずとも有名な画家でもある。

 故に、死した祖父の代わりともなり得る千歳。

 そんな彼女に、この場にいる皆が期待するのも、無理はない話というやつなのだ。


 答えを聞きたくて、音が消えた。

 そして、血櫻を思わせる千歳の口から、ようやく言葉が漏れ始めるのだった──。



「──確かに。俺の祖父である月代白阿は、この時代を代表する画家であったのでしょう。それはきっと、此処に集まってくださった皆々様は理解している事だとは思いますが」



「──、称賛されるのと同時に我が祖父は画家でありました」



「──そして、俺はもう筆を折りました。別に思春期な自暴自棄によって大切な筆を折った訳ではなく、に絶望をしただけです」



 その千歳の言葉に、果たしてどれだけの重圧があった事だろうか。

 偉大なる画家である、その祖父と比べられる恐怖。

 耳障りな、落胆の声。

 でも、それでもその天より高く連なる山脈を越えようと、期待の視線と声とを無責任にも押し付ける周囲。

 それだけに、月代白阿の孫に対する期待もあったし、それと同時に一個人としての月代千歳への期待も存在しているのだ──。


「──でも、君の才能は卓越していると。この場に集まったみんなが思っているよ」

「しかしそれは、所謂悪足掻きというやつなのではないのですか?」

「──えっ!?」

「確かに絵画は、とても素晴らしいものです。それはこの場に集まった皆々様が、思っている事でしょう」



「──ですがもう、のです」



 今や、風景を真似る必要や、独特な感性が伝わる時代でもない。

 風景を真似るだけなら態々絵画などにせずとも写真で現像できるし、独特な感性は今現在を生きる若者にとっては理解をされる事なんてないのだろう。

 確かに、月代白阿という希代の画家は、そのシケの如くな荒波と戦ったのだ。

 しかして千歳に、時代の逆境に立ち向かうほどの才覚が存在していない事を、身を以って何度も味わってきた──。



「……──もう、月代家代々の絵画が、見られないのですか?」



「……えぇ。これから私は一人間としての人生を歩みだしますが、最後に一つだけ」



 ♢♦♢♦♢



 千歳がこの場を後にしてから、お手伝いさんと思われる人が入ってきた。

 期待なんて、しない筈。

 ただ、その古びた布に掛けられた絵画がどうしても見たいと思うのは、芸術という理不尽に犯された人間感情としては、ある意味正しかったのかもしれない。



「──っ、これは!?」



 息を呑んだ。

 確かに前の月代家当主である希代の画家である白阿の絵画は、おおよそ生命としての人生を描いたものだった。

 だが、目の前に現れた絵画は、



 “櫻”──。

 立派にそびえ立つソレは、幹から滴り落ちるどす黒い血は、不毛な大地を濡らして滴り落ちる。

 腐敗し、腐敗し。──やがては蝿と蛆が湧きい出る。

 人生に、果たして意味はあるのかと問われているような気分にさせられる。



 銘は、『朽ちる落ちる櫻』──。



 それはある意味、衝動と衝撃を以ってして、そこに今だ鎮座しているのだ。

 

 

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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。

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 やる気が出ます。

 

 


 

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