第16話 ペアしか勝たん

 電車で2駅のところにあるショッピングモールに、僕と愛里咲さんは来ていた。


「まず、なにから買う?」

「そんなことより〜」


 愛里咲さんはニコッと笑うと。


「ありさをエスコートしてよぉ」


 僕の腕にしがみついてきた。


「ちょっ……人がいっぱいいるんですよ」

「そだね〜」

「うーん、人前では甘えないんじゃなかった?」

「誰がそんなことを言ったの?」


 意味がわからないと言ったような顔をしていた。


「だって、外では僕たちのことは秘密だし」

「学校ではね〜」

「学校では?」

「ここは学校じゃないから、甘えてもいいの」


 屁理屈だ。

 たまにバカになるのも愛里咲さんらしい。


「わかりました」


 争いたくないので、受け入れたのはいいけれど。


(めちゃくちゃ視線を感じるんですがっ⁉)


 一部の女性や年寄りに、微笑ましい目を向けられる一方。


 男性たちにはガンを飛ばされていた。

 無理もない。横目で自分の腕を確認すると、谷間に埋まっているのだから。芸能人級の爆乳美少女といちゃついているようにしか見えないし。


 早く店に入って、人との接触を減らしたい。


「ところで、なにを買う?」

「うーん、ありさ専用のマグカップがほしいかな」


 というわけで、キッチン用品店が目的地になった。

 運良く近くにあった。店に入る。


「わぁ、かわいい〜」


 ハニワのイラストが描かれたマグカップに、愛里咲さんは目を輝かせる。


「気に入ったんだ?」

「ゆるくて、落ち着く」

「なら、これにする?」


 と思って、ふと疑問に思った。


「愛里咲さん、僕、買ってこよっか?」

「お金なら大丈夫。そこまで甘えたくないし」

「でも、愛里咲さんの家は……」


 愛里咲さんの生活費は気にしなくていいと、おじいさんに言われていた。


 しかし、親が夜逃げしているわりに、私服も綺麗な物だった。おじいさんあたりが支援しているのかもしれない。


 ならば、僕が払っても問題はないはず。いや、愛里咲さんのお小遣いが増える分、僕が出した方がいいだろう。


「ありさ、副業してるの」

「副業って、会社員がするという?」

「その副業であってる」

「バイトじゃなくて、副業なんだ?」


 愛里咲さんはうんうんとうなずく。


「スキル販売サイトをやってるの。未成年でも大人の許可があればできるんだよね。中学時代は助かった」

「中学生はバイトできないもんな」


 納得した。


「ところで、スキル販売サイトでなにをしてるの?」

「ありさの場合は大学受験の指導をしたり、起業家のコンサルをしたりかな」

「さすが」

「コンサルは月に1回ぐらいで数万円は稼げるんだ。大学受験の指導は半分ボランティア。面倒みた受験生がT大に受かったときは感動したね」

「さすあり」


「さすが」を連発するのもなんなので、「さすが、愛里咲さん」を縮めてみた。


「で、でも、おじいさんには……」

「安心して。おじいさんには話してるよ」

「そうなんだ」

「ありさの生活費は自分で払う約束になってるから」


 それなら、僕が口を挟む問題ではない。


「というわけで、詩音ちゃんのマグカップと一緒に買ってくる」

「へっ、僕は自分のがあるけど?」

「ありさたちは特別な契約で結ばれているんだよぉ」

「特別な契約?」

「うみゅ。だから、ペアのマグカップを買うのは当たり前」

「当たり前なんだぁ」

「甘えライフを満喫するにはペアしか勝たん」


 やたらとペアにこだわりがあるようだ。

 同棲を始めたカップルみたいで恥ずかしいが、抵抗しても無駄だろう。


「なら、僕の分は払うから」

「ん。よく考えたら、ありさが奢ったら、詩音ちゃんはありさのヒモになってしまうねぇ」

「ヒモ?」

「ヒモに甘えるなんて、マニアックなプレイだよぉ」


 僕が愛里咲さんに養われるヒモで。

 その一方、僕が愛里咲さんに生活面でのお世話をする。


「そりゃ、よくわからない関係だな」

「これぞ、ホントのヒモ理論」


 面白いらしい。クスクス笑っている。


「あっ、今のは話のネタだよぉ。超弦理論とは意味的に関係ないから」

「超弦理論とか謎だし」

「じゃあ、会計してくる……と言いたいけど〜」


 ねだるような目を僕に向けてきた。


「お嬢さま、なにをご所望でしょうか?」

「詩音ちゃん、ありさ専用の執事になれるよぉ」

「愛里咲さんの思考パターンが読めてきたし」

「ありさ検定9段を授けるねっ❤︎」

「9段って上すぎない?」


 愛里咲さんの視線の先にお茶碗があった。


「お茶碗と箸もペアにしたいなぁ」

「お嬢様のお望みでしたら、喜んで」


 マグカップに追加するだけ。そう思えば、なんとかなる。


「さす、詩音ちゃん。ますます好きになった」

「えっ?」


 めちゃくちゃドキリとした。心臓が跳ね上がりそう。

 しかし、すぐに冷静になった。


(人としてのだよな)


 僕なんかを恋愛的に好きになるなんて、ありえない。


「じゃあ、買ってくるから」

「あっ、お金」


 1万円札を渡された。ピンクの財布はなにかのブランドだった。しかも、万札が何枚か入っているのが見えた。お金があるのは本当だった。


 会計を済ませ、店の入り口で愛里咲さんと合流する。


「つぎ、どこに行く?」

「下着がほしい」

「……はい?」

「下着がほしい」


 繰り返されても。


「聞こえなかったの?」


 僕が固まっていると。


「ランジェリーショップに行こっ!」


 彼女が大きな声を出した結果、周りの注目を浴びてしまい。


「ねえ、ママ。あのおねえちゃんたち、どこにいくの?」

「良い子は聞いちゃダメよ」


 5歳ぐらいの幼女を連れた女性に睨まれてしまった。

 逃げたい。


「というわけで、レッツゴー!」


 愛里咲さんに強引に手を引っ張られたおかげで、離脱できた。

 いや、安心してはいけなかった。

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