第3章 休日は甘えがはかどる

第14話 休日の朝

 愛里咲ありささんが我が家に来てから数日がすぎた。


 今日は土曜日。

 朝、目が覚めると、なぜか腕が重かった。

 腕を見てみる。


「うふふっ、詩音しおんちゃん」


 愛里咲さんが僕の腕を枕にして、笑っている。

 目は閉じていた。寝言らしい。


 あまりに心地良さそうで、起こすのも気が引ける。

 銀髪が僕の方に流れてきて、こそばゆい。オレンジの香りにさわやかな気分になる。


 せっかくだし、彼女の髪を撫でてみた。


「幸せすぎるよぉ」


 起きたのかと思ったが、すぐに寝息が続く。

 夢の中でも僕に世話をされてるのかも。


(幸せなのは僕もなんだよなぁ)


 今だって、朝の生理現象がきている。


 密着されると、欲望が湧いてくる。体を触りたくないかといえばウソになる。

 僕に甘えてくる彼女を裏切りたくないから、どうにか持ちこたえているが。


 目の前においしそうな果実が実っていても、蛇の誘惑に負けないのが童貞道。童貞も、武道や茶道、華道のような道なのだ。


(なら、童貞を貫くのもかっこよくない?)


 あとは、たまに冷静になるから、我慢できるかもしれない。

 ここ何日か、ずっと疑問だったけれど、愛里咲さんがここまで甘えてくるのは不思議だ。いくら契約とはいえ、普通では考えられない行為をしているわけで。

 愛里咲さんの動機を考えると、欲望が引っ込むのだ。


「ふにゃぁ~」


 今度こそ、愛里咲さんが目を覚ましたようだ。


「いま、何時~?」

「7時だよ」

「学校休みだよねぇ~?」

「うん、だから、もうちょっと寝てていいよ」

「うにゅ、あと5――」


 あと5分だけ寝たい、と思うのが普通の人だろう。

 しかし。


「万時間経ったら、起こしてぇ」

「5万時間って、2000日以上だよ」

「うん、寝る子は育つんだもん」


 つい豊かな膨らみを見てしまった。

 じゃなくって。


(愛里咲さん、家ではめっちゃくちゃだらけてるんだよなぁ)


 勉強だけでなく、スポーツも文化活動もあらゆる面において、超一流。ものすごく努力しているのかと思いきや、宿題すらやっている気配がない。

 なのに、学校では普通に宿題も提出しているし、授業で指されても完璧に答えている。


 ここ数日、愛里咲さんと暮らして実感したのは、彼女がマジモンの天才であること。


 たぶん、一度でも見聞きすればできちゃうタイプなのかも。つくづく僕とは正反対だ。


「愛里咲さん、休みの日はなにをしてるの?」

「今まではお世話になってる家の手伝いだったよぉ」

「手伝い?」

「お仕事や家事が中心だったよぉ。食費分ぐらいは働いてたねぇ」

「働き者だったんだね」


 全言撤回。別のところで時間を使ってたのなら、勉強時間が少なくても仕方がない。


(まあ、余計にすごいんだけどさ)


 先週までの僕だったら、今の話だけでメンタルにダメージを受けていた。勝手に比較して、自分を虐げていたから。


「ただし、先週までだけどねぇ」

「先週まで?」

「だって、今のありさ、家ではなにもできない子だもん」


 愛里咲さんはパジャマのボタンに指を添えて。


「詩音ちゃん、着替えさせてぇ」


 とんでもないことを言い出した。


「愛里咲さん、なにを言ってるのかな?」

「ありさ、なにもできない子」

「それ、さっきも聞いた」

「なにもできないってことは、なにもできないんです」


 いわゆる、循環論法だ。頭の悪い発言が飛び出した。


(この子、ホントに天才なの?)


「だから、着替えも自分ではできません」

「……」

「詩音ちゃん、着替えさえてください」


(また、僕に試練をお与えになるのですね)


 愛里咲さんの下着を拝んだら、静まりかけていた血流が昂ぶってしまう。


「昨日までは自分で着替えてたよね?」

「学校があったから、すっごくがんばって我慢してたんだよぉ」


 斜め上すぎて、驚いた。天才の思考はわからない。


「でも、着替えはさすがに……」


 一緒に入浴していても、時間をずらしている。だから、着替えは見ていない。

 なお、初日に僕の前で服を脱ぎだしたけれど、そのときは寸止めだった。なので、ギリギリセーフだ。


「洗濯は詩音ちゃんがしてるし、ありさの下着、何度も触ってるよねぇ」

「そ、そうだけど」


 洗濯は僕がやっている。


 しかも、愛里咲さんの要求で、下着は手洗いだった。下着はデリケートなので、手で丁寧に扱う必要があるとのこと。


 下着の洗い方の動画を見て、いざ挑戦してみた。

 すると、「詩音ちゃん、ブラを洗うのうますぎ」と、愛里咲さんの合格点をもらった。褒められてうれしいやら、恥ずかしいやら。


「でも、下着姿を見られて、恥ずかしくないの?」

「詩音ちゃんなら気にしない❤」


 上目遣いで見つめられて、体が熱くなる。

 笑顔がまぶしすぎて、断れない。


「せいいっぱい、ご奉仕させていただきます」

「わーい、詩音ちゃん、だいしゅき❤」


 愛里咲さんは上半身を起こすと、バンザイをした。

「はやくしてよぉ」と、目で訴えかけてくる。


「それじゃ、お邪魔します」


 僕は勇気を出して、パジャマの第1ボタンに指をかける。ちょっとでも指が滑ったら、胸を触ってしまう。

 緊張のあまり、指が震えてしまった。


「大丈夫。詩音ちゃん、ならできるよぉ」


 愛里咲さんは僕を信じきっていて、つまらない悩みなんか吹っ飛んだ。


(失敗を考えるんじゃない!)


 自分を鼓舞したら、落ち着いてきた。

 2つ目のボタンを外すと、ブラがちらつく。


「ありさ、寝るときはナイトブラなの。ワイヤー痛いし」


 ブラ事情を語られても。


「制服とパジャマのときって、胸の感触ちがわない?」

「言われてみれば、たしかに……」


 パジャマの方がよりダイレクトに感じられるというか。


 話しているうちに、脱がし終えていた。

 ナイトブラとパンツだけの愛里咲さん、水着とはまた別の魅力がある。ナイトブラはビキニよりも露出が少なくて、身構えるほどではなかった。


「そこに、ブラとワンピースあるから取って」


 愛里咲さんの言葉で固まってしまった。


「ナイトブラは寝るとき用だから。普通のブラに変えないと」

「それって……」


 ブラを付け直すということは、ブラを付け直すわけで。


「裸になるじゃん⁉」


 叫んでしまった。


「そうだよ~」


 あっけらかんと言い放つ同居人。


「すいません、それだけは勘弁してください」


 僕はブラとワンピースを愛里咲さんに渡すと、部屋から逃げ出した。

 いつから、休日の朝は戦場になった?

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