第13話 甘いランチ

「詩音ちゃん、こっち来ちゃいなよぉ」


 空き教室から突然現れた愛里咲さんに腕をつかまれ。


「おわっ!」


 変な声が出てしまった。

 抵抗する間もなく、空き教室に引きずりこまれる。

 机の上にはコンビニのビニール袋が置かれていた。


「『おわっ』って、ありさたちオワコンじゃないよね?」


 今にも泣きそうに瞳を潤ませていた。


「オワコンなんかじゃないよ」


 ガチで泣かれたら困るので、愛里咲さんをなだめることにした。


「っていうか、僕たちはまだ始まったばかりだ」

「それ、打ち切りの予感しかないよぉ」


 言われてみれば、『オレたちの戦いは始まったばかりだ』に似ていた。


「そんなつもりはなかったんだ」

「じゃあ、ありさをギュってしてぇ」


 上目遣いでねだられた。

 こうなったら、勝ち目はない。わずか1日の同居生活で実感させられている。

 僕は左手を彼女の腰に回し、右手で銀髪を撫でた。


「えへっ。詩音ちゃん成分補充だよぉ」

「僕成分?」

「だって、午前中、話せなかったんだもん。寂しくて、寂しくて」


(休み時間のたびに話しかけられていた人ですよ?)


 心の声とは裏腹に、僕は彼女をあやす。


「愛里咲さん、良い子、良い子~」

「昼間から最高すぎる………………あっ、浮気は許せないけどぉ」


 愛里咲さんからどす黒い空気が流れていた。


「浮気?」

「そこで、陽葵ちゃんとイチャついてたの、ありさ知ってるんだからね?」

「ふぁっ」


 だから、天海さんが去るやいなや、声をかけてきたのか。


「天海さんから話しかけられただけだよ」

「ふーん」

「僕みたいな最底辺が陽キャといちゃつくなんかありえないし」

「……ありさ、詩音ちゃんとイチャついてますけどぉ」


 僕的には甘やかしているつもりだったんだけど。

 それはさておき、愛里咲さんは最上位グループだ。無神経だったかもしれない。


「むしろ、詩音ちゃん以外の男子とはイチャつきたくないんですけどぉ」


 恥ずかしすぎて、もだえそう。

 と思ったところで、大事なことに気づいた。


「愛里咲さん、学校で甘えモードになって大丈夫なの?」

「問題ナッシング」

「でも、誰か来たら――」

「ここ人通りは少ないし、鍵をかけてあるから」


 まさかと思って、ドアを開けようとしてみる。


 開かない。

 愛里咲さんが鍵をじゃらじゃらさせている。

 鍵がかかっているらしい。全然気づかなかった。


「うちの担任に借りたの。静かな場所で自習したいと頼んだら、貸してくれたんだぁ」

「へぇ~」

「先生が抱え込んでいた仕事を終わらせてあげたんだよねぇ。先生、睡眠時間を削って仕事してたみたいで、泣いて感謝されました」

「……」

「ちなみに、ありさがやったら、1時間で終わった」


(別の意味で泣いたんじゃなかろうか?)


「ところで、愛里咲さんは友だちと食べないの?」

「うーん、昼休みぐらいひとりになりたいから、ここにいるんだよぉ」


 意外だった。トップ層の人たちは、常に誰かと行動するイメージがあった。勝手な決めつけだったと反省する。


「てなわけで、詩音ちゃんと甘々ランチタイムしちゃおう~!」

「僕も裏庭でボッチ飯だったし、ここで食べるかな」

「やったぁ! 詩音ちゃん、ちゅき❤」


 愛里咲さんは飛び跳ねて喜んでいる。たゆんたゆんと豊かな膨らみが縦に弾む。


「僕なんかとのランチで、こんなにはしゃぐなんて」

「はいはい~ただいまをもって、『僕なんか禁止令』を発令しまーす」

「僕なんか禁止令?」

「『僕なんか』という発言が出るたびに、ありさをもぎゅっとしてください」


 それって。


「むしろ、違反した方が役得なんじゃ」

「詩音ちゃん、うれしいこと言って…………じゃない、いつも恥ずかしがるから罰ゲームになると思ったのに」


 愛里咲さんは顎に手を添えて、なにかを考えている。

 罰ゲームを変えるつもり?


 その間に僕は昼食の準備をする。といっても、机にパンの袋を置いただけ。愛里咲さんはチョコ系の栄養食品とコンビニのサラダだけだった。


 1分近くして。


「違反したら、詩音ちゃんはありさの馬になります」

「馬?」

「ん。夕方から寝るまで、ありさの馬になってください。ありさが乗っかるから~」

「それは嫌だな」


 短時間だったら、子どもと遊ぶつもりで我慢できる。さすがに、長時間すぎて、疲れる。


「僕なんかと言わないように努力します」

「1日、言わなかったら、ありさが特別なご褒美をあげまちゅからねぇ」

「ご褒美?」

「なんでもして、あ・げ・る❤」


 愛里咲さん、両腕を胸に寄せる。ただでさえ大きな双丘がさらに強調される。


(なんでもってことは……エッチな妄想をしてしまって、ごめんなさい)


「っていうか、詩音ちゃん、連絡先を交換しよ?」


 じつは、連絡先を教えあっていなかった。


「たまたま詩音ちゃんと陽葵ちゃんの声が聞こえてきたからいいけど、不便だし」

「たしかに、一緒に住むんだし、不便だな」


 お互いにスマホを取り出して、連絡先を交換した。


 じつは、僕のアドレス帳には両親と祖父母しか入っていない。愛里咲さんが5人目だ。

 高校卒業するまで、家族以外の人が追加されるとは思っていなかった。


「詩音ちゃん、玉ねぎが目に染みた?」

「いや。僕、パンだし」


 素で答えてから。


「友だちとの連絡先交換が初めてで、うるっと来ちゃった」


 正直に打ち明ける。愛里咲さんなら受け止めてくれると思って。

 わずか1日の付き合いなのに、彼女なら信頼できるから。

 陰キャ童貞は優しくされると、チョロいんです。


「詩音ちゃんの初めてをもらっちゃった。えへっ」


(言い方)


「ありさも初めてなんだぁ。お互いに初体験だねっ❤」


(だから、言い方!)


「ありさ、男子の連絡先は初めてなんだ」

「そうなんだ。意外だった」

「聞かれることは多いけど、うまく逃げてるんだぁ」


 ちょっと安心した。

 しばらくして、僕たちは食事を終える。


「明日からもここで待ってるからねっ❤」

「もしかして、毎日?」

「もっちろん」

「そうなんだぁ」

「だって、ありさ1分1秒でも早く、詩音ちゃんに甘えたいんだもん」


 制服姿で甘えられると、凜々しいモードとの落差で余計にかわいく感じられる。

 とはいえ、ここは学校なわけで。


「でも、毎日だと他人に見られる可能性もあるよ。僕たちの秘密がバレるかも――」

「べ、べつにいいもん」


 愛里咲さんは頬を膨らませた。


 天才の割に詰めが甘い気はするが、自分でも納得しているのだろう。

 だったら、僕が気にする必要はない。


「僕は陰キャ戦闘力1000万だし、影が薄くてバレないな」


 僕は陰キャなりに微笑むと。


「だから、僕も毎日ここに来るから」


 愛里咲さんの髪を撫でた。


「これから学校が楽しくなるなぁ。えへへへっ」

「僕もだよ」


 そのとき、予鈴のチャイムが鳴った。

 念のため、時間差で部屋を出ることに。教室に戻る途中、愛里咲さんのことを考えていた。

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