第12話 陽との遭遇

 昼休みに突入する。

 結局、登校してから誰とも話さなかった。


 愛里咲さんの提案を受けておけば現実は変わっただろう。


 しかし、教室で愛里咲さんと絡んだら大変なことになる。朝のセクハラ事件で、いかに愛里咲さんが注目を浴びる人なのか再確認したし。いや、愛里咲さんじゃなくても見てしまうか。


 そんなことを思いながら、教室を後にした。


 目的地は裏庭。裏庭は日当たりは悪く、ジメジメしている。草もボウボウで人気はない。ほとんど人が来ないので、ボッチにはすごしやすい空間だ。たまに告白に出くわすのだけが不満だが。


 ぼうっと廊下を歩く。食堂に向かう列と、食堂に隣接する購買から戻る列で混み合っていた。

 僕はコンビニでパンを買ってから来たので、素通りしようとする。


「へい、そこのシャドウくん☆」


 2メートルほど前、金色のなにかがチカチカしていた。


「あたしみたいな超絶美少女を無視するとか、やるじゃん☆」


 歩き続ける。誰かにぶつかった。


「ごめんなさい」


 と言って、過ぎ去ろうとする。


「シャドウくんのささやき声、あたし、好みかも☆ きゃはぁっ!」


 今度は腕をつかまれた。


 僕に話しかける人なんか、いるはずがない。愛里咲さんぐらいしか。

 愛里咲さんの声でもないし、誰か別の人に話しているにちがいない。


「いいかげん、反応しろし」


 金髪のツインテールが目の前で揺れていた。

 クラスメイトの少女だった。小さな手で、僕の腕を押さえている。


「えーと、天海さん、僕でいいのかな?」

「へー、シャドウくん、あたしの名前覚えてたんだ☆」

「そりゃ、クラスメイトだし」


 朝、愛里咲さんの胸を揉んだ犯人だ。笑って許されていたので、愛里咲さんとも仲は良いのだろう。


「シャドウくん、つまんなそうだし、いつも陰気だからぁ、あたしの名前も知らないと思ってたんだよ☆ まあ、あたしがかわいすぎるから説もあるかな」


 天海さん、そこそこ大きな胸を自慢げに張る。


(すごい自信だ。見習いたいぐらいだなぁ)


姫野ひめの詩音しおん自信持とう計画(仮)』が始まった今、天海さんのキャラは勉強になりそう。


 いや、そんなことより。


「僕、姫野詩音って名前があるんだけど」

「そうなの⁉ 陰キャを極めてる人だから、『陰』の英語で『シャドウ』にしてみたんだ。さすが、あたし、良い趣味してるよね☆」

「すごい自信だ…………って、ひどくない⁉」

「あはっ、シャドウくん、言い返しするし、つまらない人じゃなさそうだね」

「……」

「ちょっと話そうよ☆」

「僕、裏庭に行くけど」

「なら、途中まで付き合って、あ・げ・る❤」


 小柄で、同じ年にしては若く見える天海さん。小悪魔っぽさがハンパない。気にしないことにした。


「なっ、あたし、学年で2番目にモテるんだよ。なのに、誘惑がきかないなんて……」


 陰キャを甘く見ないでほしい。かわいい女子に優しくされるなんて、罰ゲームぐらいしか考えられないのだ。後になって傷つくから、浮かれたら負けである。


「僕をからかおうとしても無駄だから」

「きゃっ、冷たいささやきもトキメキだね☆」

「ささやきって……僕、声が小さいだけだよ」

「ノンノン。詩音たんのささやき、立派な武器だと思うけどなぁ」


 ちょっと、なに言ってるかわからない。


(しかも、詩音たん呼びだなんて……)


「武器っていうけど」

「う、うん」

「『ボソボソしてて、なに言ってんのか聞こえなーい』みたいに注意されてばかりだし」

「あたし的にはASMRっぽくて、イケてるんだよ☆」


 天海さんは足を止めると、僕の胸に指を沿わせる。

 背筋がゾクリとして、僕の足も止まってしまった。


 空き教室の前にいた。

 この辺りはほとんど人が通らない。僕たち以外には誰の姿も見かけなかった。

 無人なのが救いだった。


「ASMR? イケてる、僕が?」

「さっきから言ってるよね☆」


 天海さん、トップクラスの陽キャだし、ふざけてる可能性は――なさそうかな?

 目をキラキラさせていて、まぶしいぐらいの笑顔だ。僕にドッキリをしかけているなら、たいした演技力だ。

 そうはいっても、演技スキル持ちかもしれないし。


 いや、疑っていたらキリがない。いったんは彼女の言葉を受け入れることにした。


 愛里咲さんに続き、2日続けて、女子に褒められるとは。


「もしかして、ASMRわからない?」

「いや、それぐらいは知ってる」


 ときどき、VTuberのASMR配信を視聴する。かわいい声の人がささやいて、癒やしてくれるから助かる。寝付きが悪いときに聞いていると、眠くなるのもうれしい。


「僕ごときの虫けらがASMRと比べられるなんて、おこがましいにもほどがあります」


 天海さんの真意もわからないので、わざとオーバーに自分を卑下した。彼女の反応を見たい。


「ぷはっ、マジウケるわ☆ 最高なんですけど~」


 案の定、天海さんは爆笑した。僕との距離も取る。


(やっぱ、僕で遊んでたのかぁ)


 奇妙なことに不快感はそれほどではなかった。


「陰キャ特有の自信のなさって感じ☆」

「……」

「ごめん、べつに、陰キャをバカにするつもりはないんだ☆」

「えっ?」


 予想外だった。これまで、僕が関わってきた陽キャたちは僕の欠点を指摘して、笑うだけだった。

 唯一の例外は昨日の愛里咲さんだけ。


「あたしさぁ、思ったことを口走っちゃうんだよね☆」


(自覚してたんだ?)


 天海さんはペロリと舌を出すと。


「いつもね、『多方面に配慮しなさいよね』って、言われてるのさ。なのに、なかなか直せなくて……いつか炎上しそうで、マジで気をつけなきゃ☆」


 天海さんに対する印象が変わった。天然陽キャで、ただ楽しく生きているだけだと思っていた。


 どうやら、偏見だったようだ。


 どの程度、本気かは知らないが、自分の欠点を自覚している。案外、きちんと考えているのかもしれない。


「いや、天海さん、からっとした明るさだし、バカにされてる気はなかったよ」

「おっ、詩音たん、良い奴じゃん☆」


 天海さんはニコっとすると、僕の顔を覗き込んでくる。

 近い、近すぎる。


(これが陽キャの距離感なのか⁉)


 天海さんは僕をマジマジと見つめた後。


「ってかさ、今日は陰の空気が弱くね?」


 言い放った。


「昨日までは陰キャ戦闘力100兆だったけど、今日は1000万ぐらいって感じ」


 僕をバカにしてない?

 見直したのに。


「なにか、良いことあったん?」

「へっ?」


 昨日と今日の違いといえば、愛里咲さんとの同居を始めたことだけ。


 数時間のうちに愛里咲さんを甘やかして、あーんや入浴、添い寝などのイベントを経験した。乙女の肌を見たり、触れてしまったり。

 信じられないような事件が起きている。


(それにしても、天海さん、勘が良すぎるだろ?)


 朝には愛里咲さんも疑っていた。


「べ、べつに」


 変にさぐられたら、まずい。興味ないフリをして、答える。


「まあ、今日はこれぐらいにしておきますか☆」

「じゃ、僕は裏庭に」

「ASMR向きの声なのはマジだからね☆」


 天海さんは回れ右をして去っていく。


「ふぅ~疲れた」


 思わず、ひとりごとが出てしまった。


「『ふう~』はこっちのセリフだよぉ」


 空き教室のドアが開いて。

 愛里咲さんが笑顔で立っていた。

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