第11話 学校では……

「じゃあ、朝ご飯を作るから」

「あ、ありさも手伝うね」

「一条さん、いや、愛里咲さん。なにもできないは?」

「……ロールプレイのせいで遅刻したらまずいでしょ?」

「たしかに」


 冷静に判断できるところが、さすがというか。


 というか、お互いに設定だと認識しているわけで。

 昨夜から今朝にかけて、さんざんハプニングが続いていた。ふたりとも冷静なのが不思議だ。これが、賢者モード?


「なら、僕が朝ご飯を作るから、その間に愛里咲さんは自分の支度を済ませておいて」


 女子の準備は時間がかかると思って提案してみた。


「でも、それは……」

「遅刻はよくないんでしょ?」

「まさかのブーメラン⁉」


 愛里咲さんを僕の部屋に残し、リビングへ。


 サラダにスクランブルエッグ、パンという簡単な朝食を準備する。

 作業が終わりかけた頃、愛里咲さんがリビングに来た。制服姿の彼女は、甘えモードとは真逆の凛々しさがあった。


「詩音ちゃん、飲み物はなにかある?」

「紅茶ならある」


 紅茶の缶を棚から取り出す。


「けっこう、良い茶葉があるんだね」

「僕、紅茶は詳しくないけど、うちの親が送ってきたんだよ」

「紅茶はありさに任せて」


 愛里咲さんは豊かな胸を叩いた。さっき揉んでしまったことを思い出し、目のやり場に困った。


 愛里咲さんがお湯を沸かす。沸騰したばかりのお湯をティーポットに注ぐ。かぐわしい香りが出てきた。

 3分ほどして、食事を始める。


「ん! この紅茶、こんなにおいしかったっけ?」

「えっへん。ありさがおいしくなるおまじないをしたんだよぉ」

「おいしくなるおまじない?」

「イギリス人のメイドさんに紅茶の淹れ方を教わったの」

「ガチな奴だった」


 紅茶に比べて、僕の朝食は可もなく不可もなく。申し訳なさすぎる。


「詩音ちゃん、スクランブルエッグおいしいよぉ」


 気を遣われてしまった。


「ところで、愛里咲さん。学校なんだけどさ」

「ん?」

「学校では僕たちの関係は秘密にしておく。それでいいかな?」


 当然である。僕みたいな最底辺と、愛里咲さんみたいなトップは友だちとして釣り合わない。

 念のため、確認しておこうぐらいの気持ちだった。


「えっ、学校でも甘やかしてくれるんじゃないの?」

「ぶっ⁉」


 紅茶を噴き出しそうになって、ギリギリ持ちこたえた。


「愛里咲さん、自分の立ち位置をわかってる?」

「もっちろん。完全無欠で無敗のパーフェクトヒロイン一条愛里咲です」


 自分で言っても嫌味にならないのは、彼女がそれだけ突き抜けているからだろう。


「っていうか、愛里咲さん、学校でキャラ変わりすぎたら、まずいでしょ?」

「他人の目なんかどうでもいいんだよぉ」


(愛里咲さんクラスの完璧超人になると、周りの目は気にしないってか?)


「しかも、僕みたいなド陰キャに甘えるんだよ。みんなに誤解されるし」

「他人の目なんかどうでもいいぜ」


 愛里咲さんは同じ内容の発言を男口調で言い直した。

 まったく迷ってもいないようだ。


「けど、僕が困るんだよね」


 教室で抱きつかれたら、妬んだ男子に殺されかねない。


「ぷぅ……詩音ちゃんもウブなんだからぁ」

「すいません」

「謝るところじゃないのにぃ」


 愛里咲さんはプクッと頬を膨らましたと思えば、上目遣いを向けてくる。


「その分、家では愛してね❤︎」

「がんばります」


 そのあとは食事に集中する。


 朝食を済ませ、ふたりで家を出ようとする。

 玄関で靴をはいて、立ち上がると、愛里咲さんが腕を組んできた。


「愛里咲さん、なにをしてるのかな?」

「腕を組んで学校に行くの」

「……うーん、誰かに見られそうじゃない?」

「学校じゃないから、甘えてもセーフ」


 学校では秘密にするけれど、学校に着くまでは学校じゃないから問題ない。そう言いたいらしい。

 めちゃくちゃ、屁理屈だ。愛里咲さんレベルの人が主張するとは、驚いた。


「同じ学校の男子生徒に目撃されたら、僕がどうなるか……」

「……行ってらっしゃいのキスをしてくれたら、別々に登校してもいいかなぁ」

「キスする勇気はありません」

「なら、ハグで許します」


(ハグならいっか)


 要求どおり、ハグすると。


「えへっ、えへへへ。これで、今日もがんばれちゃうぞぉ❤︎」


 愛里咲さんはスキップをしながら、楽しそうに家を出ていった。

 僕は念のため、数分待機する。愛里咲さんに追いつかないよう歩く時間を調整しながら、学校に向かった。


 15分ちょっとで、学校に到着する。

 愛里咲さんは数人の女子と談笑していた。


「愛里咲っち、なんか今日うれしそうじゃない?」

陽葵ひまりちゃん、私はいつも人生を楽しんでるよ」

「そうなんだけどさ〜今日の愛里咲っちは発情期のメスって感じがするんだよね☆」


 愛里咲さんに絡んでいるのは、天海あまみ陽葵さん。小柄で元気いっぱいの明るい子。金髪も華やかで、見た目も性格も陽の人。まるで、太陽みたい。日陰者の僕が近づけない存在だ。


「あたし、毎日、愛里咲っちを観察してるんだけどね〜今日の愛里咲っち、大人の階段を上がっちゃった的な、なにかがあるんだよね〜あっ、もしかして」


 僕は自席で教科書を読むフリをして、愛里咲さんたちの様子を見ていた。

 僕からすると、愛里咲さんは普段どおりだ。


(天海さん。勘が良すぎて、君のような人は苦手だよ)


「この乳か。この乳を揉まれたのか〜?」


 なんと、天海さんは愛里咲さんの後ろに回り込んでいて、背後から胸を鷲掴みにしていた。


「ふぁんっ!」


 愛里咲さんが身をよじらせる。教室中の視線が愛里咲さんたちに集まっていた。

 まだ始業まで10分ちょっとある。半分ぐらいしか生徒がいなかったのが、せめてもの救いか。


「ちょっと、陽毬。男子が見てる。さすがに、一条さんがかわいそう」


 一緒にいた女子が天海さんを愛里咲さんから引き離す。


「ごめん、愛里咲っち。反省はしているが、後悔はしていない☆」

「陽毬ちゃん、今回は許すけど、人前では気をつけてね」

「へーい☆」


 天海さん、すごい子だ。

 変態行為を笑顔で許す愛里咲さんもだけど。


「あの陽毬ちゃん」

「なに愛里咲っち?」


 つい聞き耳を立ててしまう。


「陽毬ちゃん、AOでうちの学校に入ったんでしょ?」

「えっ、ああ。ちょっとした活動をしてるからね☆」

「まさか、アイドルとか? 陽毬ちゃん、かわいくて、キラキラしてるし」

「まあ、当たらずとも遠からずかな☆」


 たしかに、天海さんならアイドルでもおかしくない。どんなにきつくても、笑顔でいられそうだし。


(というか、愛里咲さん、誤魔化しているな)


「って、愛里咲っち。まさか、アイドルまでしてたとか言わないよね〜?」

「スカウトはされたよ。けど、子役を引退したときに芸能界はもういいかなって思って、断った」

「あはっ、ウケる☆」


 天海さんは腹を抱えて笑っていた。

 そこで、チャイムが鳴る。担任の先生が話している間も、愛里咲さんのことが気になっていた。

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