第9話 夜の大仕事

「一条さん、ひとりでお風呂に入れないって、どういうことですか?」

「どういうって……言ったとおりだよぉ。ありさ、お子ちゃまだから、お風呂も面倒見てもらわないとダメなの」


(ウソだ)


 なんでもできる高校生が、ひとりで入浴できないなんて無理がありすぎる。


 けれど、シチュエーションプレイを全力でこなす姿勢はさすがとしか言えなくて。

 多分野で超一流な一条さんのすごさを実感させられた。


 なら、僕も徹底的に彼女を甘やかして――。


「じゃない。さすがに、一緒に入浴はアカンでしょ」


 どうにか思いとどまった。


「なんで、一緒だとダメなの?」

「なんでって、そりゃ常識だから」

「常識?」


 彼女はキョトンとした顔で首を傾ける。


「古代ローマや、日本の江戸時代、混浴が当たり前だったんだよぉ。常識は、時代や場所が異なれば、変わるものだしぃ」

「ここは21世紀の日本なの。高校生の男女がふたりきりで入浴したら、社会的に厳しい目で見られるんだから」


 おじいさんや両親にバレたら、なんと言われるか?


(むしろ、からかわれそうだな⁉)


「他人の目を気にするなんて、詩音ちゃん、かわいいんだからぁ」

「むしろ、一条さんは大丈夫なの?」

「べ、べつに。ありさ、なにをしても他人の注目を浴びるから、いまさらだし~」

「さすがです」


 堂々ぶりが尊敬できるんですけど。

 いや、待てよ。


「って、男子に肌を晒しても――」

「さすがに、男子には見せないよぉ」


 なんでもできる一条さん、過激なJKビジネスまで極めていなくてよかった。

 胸をなで下ろしていると。


「詩音ちゃんは別だからねぇ」

「ぶはぁっ!」


 僕の袖をつまんで、上目遣いする彼女。かわいすぎて、吐血しそうになった。


「なんで、僕なんかに?」

「だって、詩音ちゃん、ありさを傷つけないように扱ってくれそうだから」

「僕にも性欲はあるんですけど」

「じゃあ、ありさを襲っちゃう?」


 一条さんはブラウスに指をかけ、上から2つ目までボタンを外していく。服の隙間から白い肌がチラチラする。下着が見えそうで見えなくて、気が気でない。


「一条さん、やめてくれる?」


 つい言ってしまった。僕みたいな底辺が、頂点の人に恐れ多いのに。


「ほら、詩音ちゃん、優しいんだから」

「へっ?」

「ごめんね。試すようなことをしちゃって。でも、詩音ちゃんには自分の優しさに気づいてほしかったから」


 今度こそ本当に安心した。


「お風呂も水着なら問題ないでしょ?」

「う、うん、水着ならね」


 全裸は無理だけど、水着だったら問題ないか。


 数分後。僕は先に浴場に行く。水着に着替えて、浴室で体を洗っていたのだが。


「お邪魔するねぇ」


 浴室のドアが開き、一条さんが入ってきた。

 思わず、振り向くと。


「ぶごっ!」


 絶句してしまった。


 だって。

 彼女の様子はというと。


 まず、普段は長い銀髪をヘアクリップで留めている。僕の前でしゃがみ込む。すると、うなじを拝むことができた。髪で隠れている部位だけに、いざ露わになった際の破壊力はすさまじい。


 さらに、水着も驚きだった。僕的には派手ではない水着をイメージしていたのだが。


 ビキニだった。しかも、ブラジリアン・ビキニ。

 形は正三角形。一辺は10センチもないだろう。おまけに、双丘はメロンのように巨大。見えてはいけない部分をギリギリ隠せるぐらいの面積しかない。


 下は下で同じようなもの。はみ出ないか心配になる。

 色が白なのが唯一の救いかもしれない。


「詩音ちゃん、どうかな?」

「どうかなって……他に水着はなかったの?」

「ワンピース型のもあるよぉ」

「なぜ、ワンピースにしなかったの?」

「だって、ワンピースだと洗えないでしょ~」


 予想外の理由だった。


「水着でお風呂に入るのはいいけど、水着を着けた部分が洗えないと衛生的に問題あるよね。だから、できるだけ肌を出したくて」

「たしかに」


(きちんとした理由だし、問題ないよね?)


 あまり追及して体が冷えるのもまずい。


「じゃあ、詩音ちゃん、ありさを洗ってよぉ」

「がんばります」


 洗うといっても、さすがに背中ぐらいなはず。

 ボディタオルをボディソープの容器の前に持っていったら。


「詩音ちゃん、手で洗ってね?」

「へっ?」

「女の子の肌はデリケートなんだよぉ。手で洗うんだからねぇ」

「そうなんですか?」


 一条さんは満面の笑みを浮かべて、うなずく。そのまま、バスチェアに腰を下ろした。


(どうすんだよ?)


「詩音ちゃん、早く~」


(マジでどうすんの?)


 直接、肌に触れるなんて、僕は我慢できるのだろうか?


 お湯にもつかってないのに、体が火照ってきた。

 ギブアップして逃げだそうかと思ったときだった――。


「♪おふっろー、しおんちゃんといっしょに~たのしいなぁ」


 テンションの高い歌声が僕の心をつかんだ。あまりにも無邪気で、プロの歌手の歌を聞くよりも幸せになった。


(余計なことを考えてる場合じゃないな)


 頬を叩いて、男子高校生の欲望を追い払った。

 手のひらにボディソープをつけ、泡を立ててから彼女の背中に置いた。


「ひゃぅうんっっ❤」


 艶っぽい声に意識が飛びかけるが、どうにか持ちこたえた。


「かゆいところは?」

「べ、べつに」


 それにしても、肌がなめらかだ。どうして、こんなに潤っている?


 どうにか使命を全うする。


「はい、背中は終わったし、あとは自分で……」

「えっ、前は?」

「ぶはぁっ!」


 前は許してくれると思っていた。


「前はほら、いろいろまずいし」


 ムリ。勢いあまって事故が起きてしまったら、僕の銃が暴発する。


「だって、ありさ、なにもできない子なんだよぉ。ぜんぶ、洗ってよぉ」


 元子役スキルを活かした小悪魔笑みで、僕の魂を揺さぶってくる。


「……ごめん、僕、死ぬかもしれない」


 比喩じゃなく、心臓が止まりかねない。


「ごめんね。そこまで、深刻だったなんて」


 すかさず、彼女は謝った。

 なにもできなフリをしていても、天才少女。僕が限界に近いと読み取ったにちがいない。


 一条さんが自分で前を洗っている間、僕は自分の頭にシャンプーをかけた。見ないで済むから、良い作戦だ。


 ふたりで湯船につかる。

 ひとり用にしては広めの浴槽だが、ふたりだと狭い。向かい合っていると、膝同士がぶつかる。


「狭いね」

「なら、こうしちゃう」


 一条さんは立ち上がると、回れ右をした。お尻が目の前をちらつく。お尻はTバックだった。


 目をそらしたら――。

 僕の膝にふにゅんとしたものが乗っかってきた。


「こうしたら、広いね」


 一条さん、僕の膝に座っていらっしゃる。お尻の弾力は、完全に語彙力が崩壊した。


 さらに、斜め下には。


(脂肪ってお湯に浮くんだねぇ!)


 たわわな谷間を後ろから見下ろす形になっていた。


「ふぅ~極楽極楽」


(それは僕のセリフなんですけど⁉)


「詩音ちゃん、ありがとね」

「ん、なにが?」

「ありさを家においてくれて」

「べつに、気にしないで」

「ううん、だって――」


 天才同級生の声が少しだけ寂しそうで。


「だって?」

「家でこんなにくつろげたのって、5年、ううん、10年ぶりぐらいかも」


 頭をかち割られるようだった。

 10年という表現に疑問はあるが、今は気にしない。


「僕でよければ、これからもお世話をするから」

「えへっ、詩音ちゃん、ホントに優しいんだからぁ」


 彼女は僕の背中にもたれてくる。

 意識しないようにするのが大変だった。

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