第6話 完璧超人の本性
「い、一条さん、ナニをしていらっしゃいましてございますの?」
日本語がエセお嬢様になってしまったですの。
無理もない。
僕の腕が一条さんの胸の谷間に挟まれてるんだから。
制服のブレザー越しだというのに、僕の腕がすっぽりと埋まっていて。
弾力もめちゃくちゃすごい。
(触ってもデカかった!)
幸せすぎて、全身がとろけそう。脳の思考回路もおかしくなっている。
「ナニって、ナニをしてるんだよぉぉっ」
(一条さん、キャラ崩壊してません?)
おじいさんがいたときの優等生から一転、甘々な幼女みたいなしゃべり方だ。
「詩音ちゃん、ありさからの・お・ね・が・い?」
一条さんは僕に抱きついたまま、上目遣いでねだってくる。
「なんでしょうか? 命に代えても、僕が叶えてみせましょう」
一条さんの抗いがたい魅力にひれ伏してしまった。
僕自身の意思なんかない。彼女の言う通りにしたくなる。
なんでもできる一条さんなら、超能力を持っていてもおかしくない。
非現実的だとわかっていても、彼女のお願いは僕の心を虜にする。
「詩音ちゃん、いい子だねぇ。でも、詩音ちゃんが痛いの、ありさも嫌なんだからぁ」
彼女に頭を撫でられて、昇天しかける。
(倒れるな、僕!)
彼女の願いを聞くまでは死んでなんていられない。
「ありさをギュッとして?」
「……えっ、お願いって?」
「(こくり)」
なぜか急に冷静になった。
「そ。ありさの背中に手を回して、抱きしめてほしいな」
冷静になってよかった。勢いで抱きしめようものなら、後になって恥ずかしくて死んでいた可能性もある。
「で、でも……」
「恍惚状態でお願いを聞いてもらうのは反則だと思ってんだけど……詩音ちゃん、照れ屋さんなんだからぁ」
(マジで人を操れんの?)
「ありさ的には抱っこしてほしいけど、いきなりはムリっぽいし」
小悪魔的な笑みを浮かべる一条さん。
「だから、ドア・イン・ザ・フェイスを試してみるよぉぉっ!」
彼女は右手を天井に突き出して、ひとりで盛り上がっている。
「ハグがなければ、キスをすればいいじゃない。イチィ・アリサネット」
「……」
「あっ、詩音ちゃん、固まちゃった」
(だって、キスなんて言葉は、僕の辞書に存在しないからね、あははは)
「とりま、ありさの頭を撫でてみよっか☆」
「はい、わかりました」
そのぐらいなら大丈夫。
とくに抵抗なく、一条さんの頭を撫でていた。
さらさらの銀髪は、極上の糸のように手触りがいい。
(これが髪だと?)
なにを食べたら、こんな綺麗な髪になるんだろうか?
「やったぁ、交渉のテクニックが成功したよぉ」
天真爛漫な笑みは小学生みたい。
「ドア・イン・ザ・フェイスは交渉の基本なの」
「交渉?」
「そう。最初に難易度が高い要求をしておいて、相手に断られるの。そしたら、難易度を下げて、本当にしてほしいことを頼むの。すると、相手は簡単にやってくれるのさ、えへっ」
たしかに、ハグやキスに比べたら、髪を撫でるのは難易度が低い。
って、雰囲気に流されている場合じゃなかった。
「一条さん、なんで?」
「ふぇっ?」
「なんで、こんなことを?」
むしろ、質問が遅すぎた。
天才がいきなりキャラ変して、甘え出したわけで。先に聞いておくべきだった。
「ありさ、学校では天才扱いされてるじゃん」
「そうだね」
「パパとママが家を出ちゃってから、学校でも家でも、ずっと気を張ってたんだよぉ」
急に重い話になって、聞いてしまったことを後悔した。
なんでもできる子とはいえ、僕と同じ年。親が急にいなくなったうえに、行く先々を追い出されている。心も安まらないだろう。さすがの彼女でもつらいのかもしれない。
「今日もビクビクしてやって来てみたら、前から優しそうだなぁと思っていた同級生の家だった」
「へっ?」
予想外の言葉に耳を疑った。
「おまけに、ありさの勘は当たりで、めちゃくちゃ包容力あった」
「いやいや、僕が?」
思わず、自分の鼻を指さす。
「他に誰がいるの?」
「僕はなんにもできない陰キャなんだよ。ガリ勉なくせして、うちの学校じゃ目立たない成績。完全に終わってるし」
「さっきも同じこと言ってたよね?」
「……」
「言わせてもらうけど」
怒られるのかなと思った。
「詩音ちゃん、自分の魅力をわかってないなぁ」
やれやれといった感じだ。ダメな弟を励ます姉みたい。
「ありさから見ると、詩音ちゃん、すっごく良い人なんだよぉ」
「僕が?」
「そう。他の男子とちがうって、天才ありさの目にはわかるんだよぉっ」
断言するのが不思議でならない。
「なら、たとえば、どんなところが?」
「そうね~。詩音ちゃん、自分を卑下してるし、これまで、たっくさんつらいことあったんだよねぇ」
さんざん自己否定した後だ。素直にうなずいた。
「なのに、自暴自棄にならず、他人に優しい。それで、高校生なんて、立派すぎる」
一条さんが本気だと、とっくにわかっていて。
鳥肌が立ち、目頭が熱くなる。
「ごめんねぇ。立派すぎるなんて、上から目線だよね。ありさ、バカなんだからぁ」
一条さんはポカポカと自分の頭を叩く。
「……んなことない」
僕は泣くのをこらえて、彼女を見つめる。
「うれしいよ。一条さんが僕なんかを見てくれてるってわかったから」
学校で、僕は誰にも相手にされてないと思っていた。自分は空気で、いてもいなくても変わらない。
でも、一条さんがいた。
教室で会話をしていなくても、彼女は僕の存在を受け入れている。僕と同じ目線に立っている。
それだけで、うれしかった。
素直になればいいのに、卑屈な性格は直らなくて。
「でも、僕は一条さんに嫉妬して、同居を断ろうとしたんだ。優しくはないけどな」
またしても、嫌なことを言ってしまった。
「それは、詩音ちゃんが自分に自信がないから」
呆れられても仕方がないのに、彼女は根気よく僕に向かい合ってくれる。
「自分に自信がないから卑屈になって、詩音ちゃん本来の優しさが表に出てこなかったのかも」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです。ありさが心理学を勉強して思ってるだけなんだけどね。エラい学者さんだったら、別の見方をするかも」
レベルがちがいすぎて、なにも言えない。
「だから、詩音ちゃんが自分の存在意義を実感するには、まず、自信を回復するところから」
「自信を回復するって?」
「言ったでしょ。『自分の存在意義を最高に実感させる』って」
「うん」
「そのために、まずは自信を取り戻そうって話」
どうやら、一条さんは本気らしい。
「そのための頭撫で撫で作戦なのだぞぉ」
「そこに戻った?」
「最初から、ありさは計算していたのです」
「僕に抱きついてきたのも?」
「そうだよぉ…………ごめん、ウソです。詩音ちゃんが優しそうすぎて、ハグされたかっただけです」
自分で謝るところがかわいい。
「というわけで、頭撫で撫で作戦の解答編を行ってみよっかぁ!」
天才はノリでも頂点に立つ少女だった。
「そのまえに離れてくれるかな」
抱きつかれたままでは、僕の心身が持ちそうにない。
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