第2話 僕たちの活動
なんでもできる天才美少女は僕の膝の上に座って、くつろいでいる。
いま、麦茶を飲んだ。しかも、僕の飲みかけ。
まったく動じる様子もない。愛里咲さんレベルの完璧超人になれば、間接キスも気にならないらしい。
間接キスに、お尻の感触に……。
僕の方がヤバい。弱キャラにとっては、致命傷になりかねない。
もだえて視線がさまよう。
ふと壁にかけた時計が目に入る。
(あっ、照れてる場合じゃなかった)
「あ、愛里咲さん?」
「ん?」
「時計を見ませんか?」
「午後4時59分だけど、どうしたの?」
「どうしたのって……もう5時だよ」
「うん、5時だねぇ」
ダメだ。僕の言いたいことが伝わっていない。
「今日は何の日だっけ?」
「うーん……」
顎に手を添え、小首をかしげる愛里咲さん。小動物的なかわいさは学校では絶対に見られない。クラスメイトからしたら、貴重な光景だろう。
「詩音ちゃんと、明日の朝までベッドの中で運動する日かな」
「なっ……」
思わず言葉を失ってしまった。
「詩音ちゃん、なんで赤くなってるのぉ?」
愛里咲さんはポカンとしている。
僕が変に勘ぐったのか、愛里咲さんが自由奔放すぎるのか?
「ベッドの運動って、コアラごっこだよぉ」
「コアラごっこ?」
「ありさ、コアラなるの。そして、詩音ちゃんに何時間もしがみつくんだもん。抱きつくのも立派な運動だよぉ」
「そ、そうですよね……」
前者だった。変な勘違いをして、恥ずかしい。
(いや、待て!)
愛里咲さんは寝るとき、ノーブラなんだ。
いまは6月。季節的に、お互いに薄着のパジャマである。
たわわな双丘と何時間も密着していたら、僕の心臓が持ちそうにない。
なんとかやめさせないと。
(じゃなくって!)
「……今日は告知してたよね?」
「したけど、ムリはものはムリ」
「……」
「月曜日からやるなんて、そんな体力、ありさにはないもん」
バスケでプロ級の活躍をする人が、ナマケモノみたいなことを言っていた。
ところで。
僕と愛里咲さんは、とある活動をしていて、今日は活動日だ。
僕だけに影響するなら甘やかしてもいいのだが。
「僕たちには待ってくれている人がいるんだよ」
「うみゅ」
頼りない返事とは裏腹に、愛里咲さんがまとう空気は一変していた。ステージに立ったアイドルのオーラを放っている。
「詩音ちゃん、ありさ、着替えたいなぁ」
「う、うん」
「着替えさせてよぉ」
拍子抜けした。
僕の前では、なんにもできない愛里咲さん。着替えまで、僕に頼ってくる。
「着替えさせてくれたら、配信してもいいよぉ」
「わかった」
僕は彼女の部屋に行き、お気に入りの水色ワンピを持ってきた。
彼女は万歳していて。
「早く脱がせてよぉ」
子どもみたいな要求をしてきた。
抵抗がないと言えば、ウソになる。
けれど、これまでにも、何度も着替えさせている。というか、毎日だった。
ブラウスのボタンに指をかける。胸に触らないよう細心の注意を払って、上から脱がしていく。3つ目のボタンが外れたとき、ピンクの下着がちらついた。できるだけ見ないようにして、着替えミッションを遂行する。
「はい、着替え終わり」
「じゃあ、部屋までお姫さま抱っこしてぇ」
「はい、お嬢さま」
言われたとおりにして、僕と彼女の作業部屋に行く。
真新しいゲーミングPCとマイク、オーディオインターフェースが存在感を放っていた。
僕はPCを起動し、配信ソフトを立ち上げる。
配信ソフトに男女のアバターがふたり分、表示されていた。2Dモデルのアニメ風のキャラクターだ。
「それじゃ、テストしてから、配信しよっか」
「うん、今日も徹底的に甘えるからねぇ」
「まだ甘え足りてないの?」
「だって、ありさたち、リスナーさんのデザートになりたいんだもん」
笑顔がまぶしすぎて、着替えの疲労が一気に消えた。
恥ずかしさを誤魔化すために作業に集中する。
「じゃあ、テスト行くよ」
「うみゅ」
非公開モードで配信を始める。彼女がしゃべると、カメラが動きを捉え、アバターの口も動く。
自分たちの分身が画面の中で生きていた。
僕たちはVTuberとして活動している。
「テストも問題なさそう」
「みゅ。でも、おなかすいて、配信中にぎゅ〜って鳴っちゃいそう」
「リスナーさんに『たすかる』って、言われそうだけどな」
「詩音ちゃんのいじわる……ぷぅ」
「……冗談、冗談」
冷蔵庫からサンドイッチを持ってきて、配信前に腹ごしらえをした。
食後に軽く休憩して、午後6時。
「みなさん、こんぽえ。ぽえ×あまちゃんねるの『ぽえ』です」
「こんあま〜。挨拶で疲れたぁ。
僕は普通に挨拶をしたのに、彼女は配信を終わらせようとしていた。
ふたりで1チャンネルを運営しているんだから、彼女がいなかったら話にならない。
「甘ちゃん、お疲れ〜」
「ぽえちゃん、甘やかしてくれるから、だいちゅき❤️」
リアルの愛里咲さんが僕の腕にしがみつくと、彼女のアバターである甘ちゃんも一緒に動く。
:さっそく、見せつけてくれやがって
:爆発しろと呪いたいんだが、憎めないんだよなぁ
「なんか、うちのカノジョがすいません」
「ぽえちゃん、他人の目は気にしないで、イチャラブしよぉ。しろ。しろくださいまし」
「……みなさん、いいっすか?」
僕たちの配信を見ている50人ぐらいの人に尋ねてみた。
僕たちはデビューして1ヶ月未満の新人VTuber。おまけに、個人勢。大手企業勢のように同時接続数1万人とか夢のまた、夢だ。
それでも、50人が僕たちに注目している。少し前の僕にしたら信じられない。
VTuberなので、顔を出さないのもいい。そもそも、顔出ししたら、完璧超人愛里咲さんの秘密がバレてしまう。
「みなさんの許可をいただいたので、今日も素の僕たちをご覧ください」
「ぽえちゃん、今日は一晩中、ベッドの中で運動する日だよねぇ」
「ぐがっ」
そのネタ、まだ引っ張るの?
しかも、配信中に。絶対に勘違いされるし。
:初見ですが、まさかセクロスの実況が始まるとは草
:BANされちまえ
案の定だった。
「みなさん、これはちがくて」
コアラごっこを説明しようとして、困った。ノーブラで抱きつかれますなんて言えない。
「しませんから」
「ねえ、ぽえちゃん、早く脱がせてよぉ」
「……甘ちゃんはママのおっぱいを飲んで、おねんねちまちょうねぇ」
仕方ないので、愛里咲さんを赤ちゃんに、僕がママを演じてみた。性別を転換したバブみだ。
高度なプレイをすること、2時間。
「ぽえ×あまちゃんねるでした。バカップルとの声はありますが、僕たちのどこがバカップルなんですかねぇ」
「ぽえちゃんのおっぱいプリンを食べたいなぁ。アーンしてよぉ」
「えっ、『人前で抱き合っていて、バカップルじゃないだと⁉』ですって。困りますね、妄想ですよ?」
僕はわざとらしくため息を吐く。
「ぽえちゃん、つれないなぁ。甘はこんなにラブなのにねぇ」
「はいはい、僕も愛してます…………それじゃ、今日の配信はここまでです」
配信が終わった。今日も疲れた。
けれど、1回の配信でチャンネル登録者数が10人も増えた。デビューしたばかりの個人勢としては上々か。
それにしても、最近、情報量が多すぎる。
きっかけになった出来事から、振り返ってみようか。
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