なんでもできる彼女は、なにもできない僕の前ではなにもできない

白銀アクア

プロローグ

第1話 なんにもできない僕と、なんでもできる彼女

 人生は不公平だ。

 具体的に言うと、プレイヤー間での能力差が大きすぎて、クソゲーすぎる。


 たとえば、僕みたいに、どんくさくて、なにもできない陰キャは――。


「おい、底辺野郎!」

「……えっ……………………うわぁぁっ!」


 体育の時間中、人生を呪っていたら、バレーボールが頭に直撃。

 同じチームの人たちが僕を取り囲み。


「おまえ、また、足引っ張ってんのか!」

「いや、詩音しおんちゃんに期待しちゃ、かわいそうでしょ」

「そりゃそうだな。名前も、体力も女子だし。男子レベルのプレーはムリだった」


 と、露骨に蔑まれているのが、僕、姫野ひめの詩音しおんです。

 彼らが言うように、名前からして女子っぽい。なのに、優しくしてもらえないから、不公平だ。

 高校に入学し、3ヶ月ほど。すっかり、最底辺扱いが定着している。


 僕レベルの無能キャラがいる一方。


「きゃぁぁっっ、愛里咲ありささま❤ かっこかわいいですぅぅっ!」

「トリプルクラッチなんて、バスケ部のわたしでも無理じゃんか。すごすぎる」


 女子は隣のコートでバスケをしている。離れた場所にいても、女子の賑やかな様子が伝わってくる。


 横目を向けると、銀髪の少女がチームメイトとハイタッチを決めていた。


「みなさん、あと3点。まだ、なんとかなりますよっ!」


 さっき騒いでいた女子は、『愛里咲さま』と黄色いあげていた。

 予想通り、くだんの銀髪少女が超高難易度の技を決めたようだ。しかも、得意げになることなく、周りを励ましている。


 彼女は、一条いちじょう愛里咲ありさ


 銀髪。黄色い目は日本人離れした顔立ちで、遠目にも美少女だとわかる。姿勢は良くて、歩く姿はモデルのよう。スタイルも凹凸に富んでいる。動くたびに豊満な双丘が揺れていた。


 さらには、プロ級の技を成功させたように、運動神経もずば抜けている。これまで、体育の授業中、陸上やソフトボールでも教師や生徒たちを驚かせていた。


 外見と運動だけでなく、成績も優秀。入試の成績はダントツの1位。なんと全教科100点満点だったらしい。


 首席合格者の彼女は、入学式で新入生代表の挨拶をしたのだが。


『新入生代表の一条愛里咲と申します』


 たんに名前を言っただけだった。なのに、僕は声に魅了されていた。いや、僕だけでなく、新入生に在校生、教師たちや父兄まで、彼女に目を奪われていた。


 挨拶が具体的に始まっても、聴衆の期待が下がるどころか。

 ユーモラスな文章でありながら、本気で学び、学校生活を楽しみたいという意欲に満ちていて。


 まるで、大統領か国際的企業の経営者といったプレゼン。校長は涙を流して喜んでいた。


 後から聞いた話。彼女の挨拶を聞いた来賓のエラい人や政治家が、多額の寄付金を学校にしている。

 理事長が三顧の礼をもって彼女を経営陣に迎え入れようとしたとの噂もある。孔明ですか?


 一条愛里咲さんを巡る伝説は他にもあって。


 なんでもできる完璧超人として、私立天翔てんしょう学園のトップに君臨している。


 本当に僕とは正反対の人間だ。

 不公平がすぎる。



 ところが――。


 バスケで大活躍をしてから、3時間後。

 我が家のリビングにて。


「うみゅ~ちかれたぁ」


 ひとりの少女が学校から戻ってくるやいなや。

 カバンをソファに放り投げ。

 僕の胸に飛び込んでくる。


「うおっ」


 ちょうど麦茶を飲んでいるところだった。思わず、むせそうになる。


 驚いただけではない。

 夏服に変わったのもあり、彼女の大胆な膨らみが以前よりも暴力的で。

 僕みたいな陰キャ童貞には刺激が強すぎて。


「あ、愛里咲さん?」


 彼女、一条愛里咲さんに密着されたわけで。


 僕が戸惑うのも仕方ない。

 正直、離れてほしいのだが。


「もう、ダメぇ~。一歩も動けない」


 さらに強く、僕にしがみついてきた。

 むにゅむにゅとしたブツが僕の腹に押され、形を変える。


(はぁ~、作戦失敗したか)


 内心でため息を吐いていると。


「今日、バスケ、がんばったんだよぉ。だから、いい子、いい子、してぇ」


 満面の笑みを浮かべて、上目遣いをしてくる完璧超人。


 一条愛里咲が、姫野詩音に甘えてくる。

 誰が想像できるだろうか? いや、できない。 


 彼女との同居を始めて、数週間。いまだに信じられない。


「むぅ、早く、いい子、いい子、してよぉ」


 完全に駄々っ子である。


「わかったから」


 意を決した僕は彼女の頭に手を乗せる。

 いつ触っても、さらさらしているし、オレンジのような香りも落ち着く。


(うちのシャンプー、オレンジ入っていたっけ?)


「よし、よし。愛里咲さんは勉強も運動もがんばって、エラい、エラい~」

「うふっ、うふふふふ」


(守りたい、この笑顔)


 僕みたいな最底辺の陰キャでも、完璧美少女の役に立てるんだ。

 普通なら絶対にありえないような奇跡で。

 だから、恥ずかしくても、彼女の要求を聞いてしまう。


「詩音ちゃん、ホントに優しいから――」

「甘えたいんでしょ?」

「(こくり)」


 天才少女はうなずくと、僕の首筋に頬をスリスリしてきた。

 例によって、おっぱいが激しく当たっている。


 人生はクソゲーではない。

 不公平も悪くない。

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