第44話 好き、大好き、愛してる

 翌日。私とカーティス様は馬車に揺られていた。


「だが、本当によかったのか?」


 カーティス様がきょとんとされた目で私にそう問いかけてこられる。なので、私はこくんと首を縦に振った。


「はい。……ぜひ、行ってみたくて」


 にっこりと笑ってそう言うと、カーティス様が私からそっと視線を逸らされる。その姿が何処となく可愛らしくて、私の胸がぽかぽかと温かくなる。……まだ、アルコールが残っているみたい。


 今日の目的地はジュエリーショップ。


 本来はカーティス様がクラルヴァイン侯爵家に呼びつけるとおっしゃっていたのだけれど、私はぜひとも店を見てみたかった。そのため、私がわがままを言った形だ。宝石商もジュエリーショップに来てくれるらしく、そこで婚約指輪のデザインを決めることになった。


「そうか」

「カーティス様には、退屈かもしれませんね」


 肩をすくめながら、私はそう言う。すると、カーティス様は私の手を握ってこられた。広い馬車なのに密着しているのは、いささかおかしいかもしれない。でも、なんだろうか。……くっついていると、安心できるのだ。


「いや、エレノアに似合うものを見繕えると思ったら……柄にもなく、はしゃぎそうだ」


 そっと私から視線を逸らして、カーティス様がそうおっしゃった。……私に似合うものって。


(本当に、私のことがお好きなのね)


 彼の言葉の節々からは愛されているという気持ちが伝わってくる。それが嬉しくて、私はカーティス様の肩に頭を預けた。彼の身体が一瞬だけ震えた。でも、すぐに私の肩に手を回してくださる。


「……カーティス様」

「……あぁ」

「私のこと、好きですか?」


 上目遣いになって、そう問いかける。そうすれば、カーティス様のお顔が一瞬で赤くなる。……年甲斐にもなく、本当に可愛らしい人。


「す、好きじゃ、なかったら、だな……」

「……はい」

「好きじゃなかったら、俺は側に居てほしいなんて、い、言わないからな……」


 口元を手で覆い隠しながら、カーティス様はそうおっしゃった。……その頬は真っ赤な薔薇のように赤く染まっている。……あぁ、素敵。


「……でも、私の方がカーティス様のことを好いておりますよ」


 からかうようにそう言えば、彼は「冗談をいうな!」なんて怒られた。……本当に、彼の怒りのポイントがわからない。


 実を言うと、カーティス様は私の方が好きだというと何故か怒り出される。曰く、自分の方が私のことが好きらしい。……照れ屋なのに、こういうところははっきりとさせたいと。


 ……本当に、愛おしい人。


「俺の方が、エレノアが好きだ」

「……そう、ですか」

「いつか、エレノアと、エレノアとの子供で、こうやって出かけたい」


 しかし、そのお言葉に私も赤くなってしまいそうだった。……子供ということは、そういうことをするということ。


(なんて、もうすでに手を出されているんだけれど……)


 何故かこのお方、口づけにはあんなにも時間をかけたのに、手を出すのはとても早かった。夜のことは、未だによく覚えている。好きとか、大好きとか、愛しているとか。可愛いとか、きれいだとか。惚けるほどの愛の言葉や称賛の言葉を投げかけられた。……恥ずかしくて、おかしくなってしまうかと思った。


「気が、早いです」


 思い出せば出すほど、顔が赤くなりそうだ。そう思うからこそ、私はプイっと顔を背けてそう告げる。


 すると、カーティス様はその手を私の頬に添えて半ば無理やり視線を合わせる。……彼の目が、とてもきれいだ。


「だけど、俺が本気だって……」

「カーティス様が本気なのは、嫌というほど知っております」


 彼が冗談で愛を告げることが出来ないことくらい、知っている。彼が遊びで女性と関係を持とうとしないことくらい、知っている。


 それすなわち――私と結婚して一生側に居るという意思が出来ているから、私のことを愛してくださっているのだ。


「……エレノア、好きだ」


 何を思われたのか、カーティス様はそっとそうおっしゃって――私に顔を近づけてこられようとした。だから、私はゆっくりと目を瞑る。唇と唇があと少しで触れ合いそうなとき――馬車が、止まった。どうやら、お店についてしまったらしい。


(本当に、タイミングの悪い人だわ)


 御者が来るまであと少し。それがわかるからこそ、私は彼の唇に自らちゅっと口づけた。


 それから目を開けて、何でもない風に振る舞う。


「……エレノアっ!」


 カーティス様の抗議の声が聞こえてきた。……でも、そんなもの気にしない。


 カーティス様だって口づけしたいときにされるのだもの。たまには私からお返ししても、いいじゃない。


「お返しですよ。……普段の」


 ちょっと小悪魔っぽくそう言って、私は笑った。


 どうしようもないほど、この時間が幸せだった。

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