第45話 婚約指輪(1)

 そのまま馬車を下りて、私は地面に足をつける。


 目の前にあるのは上品な雰囲気の建物。看板には『ジュエリーショップ:フランセス』と書いてある。


 どうやら、お店の名前はフランセスというらしい。


「……行くぞ」

「あ、はい」


 カーティス様が私に向かって腕を差し出してくる。なので、その腕に自らの腕を絡めて、私たちは店に足を踏み入れた。




 お店の中は閑散としていた。カーティス様曰く、ここは貴族御用達のお店であり、普段は貴族のお屋敷に行って商売をしているらしい。予約が入ればお店を開けるという形になっているそうだ。


 だから、今日のお客さんは私たちだけ。


「いらっしゃいませ、クラルヴァイン侯爵」

「あぁ、よろしく頼む」


 私たちの姿を見て、裏から一人の女性が出てくる。彼女は黒色の髪をお団子にし、黒縁の眼鏡が特徴的な人だった。年齢は三十代半ばと言ったところだろうか。


「ところで、そちらの方が侯爵のフィアンセでしょうか?」


 女性の興味が私に注がれた。どう答えればいいかがわからず黙り込んでいれば、カーティス様が私に視線を向けてこられた。


 ……この目は、期待されている目だ。


「えぇ、そうです。……その呼び方は、お恥ずかしいのですが」


 フィアンセという呼び方には照れてしまう。


 そういう意味を込めてそう言えば、女性は「まぁまぁ」と声を上げていた。


「なんと可愛らしい女性でしょうか。……侯爵もついにトラウマを乗り越えられたのですね」

「……いや、それは、なんというか」


 女性の言葉にカーティス様がしどろもどろになられる。……カーティス様の、トラウマ。それは、女性不信になったきっかけなのだろうな。


「俺は、彼女……エレノアだけが大丈夫なんだ。それ以外の女性は、まだ無理だ」


 カーティス様がゆるゆると首を横に振られた。女性はそれに対しころころと声を上げて笑っていた。


「まぁ、よろしいでしょう。私どもは侯爵から婚約指輪を作りたいと聞いた際は、飛び上がるほど驚きましたもの」

「……そうなのか?」

「えぇ、そうでございます」


 彼女の言葉にはためらいがない。でも、カーティス様は嫌な表情一つされなかった。……多分、お二人の間には信頼関係があるのだろう。何となく、妬ましい。


「さて、無駄話はこれくらいにしまして、奥に行きましょうか」


 そう思っていると、女性がすたすたと奥のお部屋へと向かう。なので、私とカーティス様もそれに続く。


 お店の奥には豪華絢爛なお部屋があり、どうやらここが接客をするお部屋らしい。


 テーブルの上に並べられたのは、見事な宝石の数々。


(……これ、お値段一体いくらくらいなの?)


 並べられているのはダイアモンドをはじめとして、サファイアやルビー。ペリドットなど有名な宝石ばかりだ。


 しかも、もれなく大きい。豪華絢爛な一粒ものだった。


「デザインはどんなものがよろしいです? 今回は宝石の良さを生かしたシンプルなものがよろしいかと思いますが……」


 女性が目をぎらぎらとさせながら、そう問いかけてくる。


 その後、彼女はテーブルの上にいくつかのデザイン画を置いてくれた。


 シンプルなものから豪華なもの。さらにはきれいめなデザインのものまで。多種多様なデザインがある中、やはりシンプルなものが一番目を引いた。


(こ、こんな高価な宝石だもの、シンプルなものにした方が良いわ……)


 頬を引きつらせながらそう思っていれば、カーティス様がこちらに視線を向けてこられる。……私に選べとおっしゃりたいのね。


「え、えぇっと……」


 どれもきれいだから、やっぱり迷ってしまう。デザイン画一つ一つとにらめっこをしていると、カーティス様と女性の話し声が耳に届く。


「せっかくの婚約指輪なのですから、裏側にイニシャルを入れるのはどうでしょうか? 最近の流行りですのよ」

「……そう、なのか?」

「えぇ、オプション料金も大したことありませんので、ざっとこれくらいあれば」

「……安いな」


 会話の内容が恐ろしい。少なくとも、絶対に大したことがないわけがない。


(本当に、カーティス様の金銭感覚が恐ろしいわ……)


 心の中でそう思いながら、私の目には一つのデザインが輝いて見えた。


 それは、シンプルなリングの部分に軽い模様が彫られているものだった。……これならば、カーティス様が付けていてもおかしくはないと思う。


(っていうか、婚約指輪ってことはカーティス様も身に着けられるのよね……?)


 今更過ぎるけれど、そういうことなのだろう。


 だったら尚更シンプルなものが良い。ごてごてとしているとカーティス様のお仕事の邪魔になってしまわれるだろうし、何よりも社交の場での衣装との組み合わせが難しいだろう。


「エレノア、決まったか?」


 私の手が止まったのを見て、カーティス様が私の手元を覗き込んでこられる。


 なので、私は頷いた。


「これとか、いいと思うのですが」


 私は、カーティス様にデザイン画が見えやすいように角度を変える。


「シンプルですけれど、何となく気品があって。それに、シンプルな方が社交の場での衣装合わせが簡単だと思うのです」

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