第43話 アルコールに任せて
「え? 宝石商とジュエリーデザイナーを、ですか?」
ネイサン様の突撃から数日後。時間は夜の九時。
私とカーティス様は夫婦の私室となる部屋で夜食を摂っていた。そのため、私たちの目の前のテーブルには軽食が並んでいる。その側にはグラスに注がれたワインがある。飲みかけということもあり、今の私はほろ酔い気分だ。
「あぁ、せっかくだし、エレノアに婚約指輪でも渡すか、と思ってな」
カーティス様が少し照れたようにはにかみながらそうおっしゃる。
「都合のいい日はあるか? 屋敷に呼びつけるから……」
しかしまぁ、なんだかんだ言いつつもカーティス様は生粋の侯爵様なのだろう。呼びつけるなんて言い方、普通はしない。……いや、高位貴族だとこれが普通なのかしら?
「……そんな、気を遣わなくても」
私は眉を下げてそう言う。どうせ結婚指輪をいただくのだから、今急いで作る必要はない。確かに平民の間では『婚約指輪』という文化があるそうだけれど、貴族の結婚は周知されるのが早い。だから、けん制の意味が多い婚約指輪はあまり意味がないのだ。
「いや、俺が渡したいんだ。……エレノアに、悪い虫がついたらダメだろ?」
「……私に手を出したがる人なんて、いませんよ。そんな趣味が悪い人」
カーティス様の唇に指を押し付けながらそう言えば、彼はくつくつと笑われた。その笑い方や表情がとても色っぽくて、私の心臓がどくんと音を立てる。
彼はワイングラスに残ったワインを飲み干したかと思えば、私と指を絡められる。……最近分かったことだけれど、このお方酔うとすごく積極的なのだ。素面のときはヘタレもいいところなのに。
「それは、俺の趣味が悪いと言いたいのか?」
彼が私の身体を引き寄せながら、そうおっしゃる。……それはそう、かもしれない。
「そうですね。カーティス様以上に趣味の悪いお方、いませんわ」
上目遣いになりながらそう言えば、彼は私の頬に手を当ててくださる。……あ、何となく手が熱い。やっぱり彼、相当酔っているわね。
(今日はワインのペースも早かったし、そろそろお預けにしておいた方が良いのかも……)
カーティス様は仕事に精を出している間は基本禁酒されているそうだ。飲むのは仕事が一段落したとき、もしくはお祝い事の際。だからこそ、久々のワインということもあり酔いが回るのが早いのだろうな。
「……俺にとっては、エレノアが一番なんだけれどな」
少ししょぼくれたような表情でそうおっしゃる彼が、可愛らしい。そう思うからこそ私はくすっと声を上げて笑う。絡めた指に、力を込める。
「でも、そうおっしゃってくださるのは嬉しいです。……ありがとう、ございます」
何の変哲もない女だと思っている。そんな私だけれど、こんな素敵なお方に出逢えたのだ。運命には感謝してもしきれないと思う。
「……そっか」
「……こんなこと、私から言うのもなんですけれど」
彼の目が柔和に細められるのが色っぽくて、私は思わず彼の身体の上に乗り上げた。その瞬間、カーティス様の目が大きく見開かれたかと思えば――その頬がさらに赤くなる。
やっぱり、彼はとても可愛らしい。
(それにしても、私もかなり酔っちゃったのかも……)
元々お酒には強い方ではない。なのに、カーティス様のペースに合わせてぐいぐいと飲んでしまったからなのか、頭がぼうっとする。思考回路が冷静じゃなくて、私は彼に触れてほしいと思ってしまった。
「――私に手を、出してくださってもいいんですよ?」
少しいたずらっ子のような笑みを浮かべてそう言えば、カーティス様は「バカを言うな!」と叫ばれた。……まだ、彼の方が冷静だったらしい。まぁ、そもそもここで流れに身を任せるのも大概か。
「あぁ、もうっ! エレノア。お前、酔ってるだろ!?」
「はい、そうですよ」
若干切れたようにカーティス様がそう叫ばれた。なので、私はこくんと首を縦に振ってそれを認める。すると、カーティス様は私の身体を退け、側に置いてある水差しからお水をコップに注ぐと、私に突き出してこられた。
「飲め!」
「……えぇ」
「いいから、飲め!」
ぐいぐいと押されるコップを渋々受け取り、私はお水を喉に流し込む。冷たいお水は、とても心地よい。
……それと同時に、私の中に一つのいたずら心が疼いた。……このまま、口づけしたら彼はどんな風に戸惑うだろうか。
「……カーティス様」
お水を半分飲んで、彼の名前を呼ぶ。そうすれば、彼はこちらに顔を向けてくださった。なので――私は何のためらいもなくそのまま口づける。
「なっ!」
「……油断、しないでくださいよ」
こんなんだったら、私以外の女性にもあっさりと口づけされてしまいそうだ。
そういう意味を込めてそう言うものの、彼には言葉の意味が伝わらなかったらしい。ただ口をパクパクと動かされている。その姿は酸素を求める魚のようで。……とても、間抜け。だけど、かっこいい。
「エレノアっ!」
怒られた。それはわかっていても、私の口からは笑い声が零れる。……あぁ、好きだな。
(からかいがいがあって、照れ屋で、時々傲慢で。そんなこのお方のことが――)
――私は、大好きだ。
そんなことを、再認識した。
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