第3話 二度目の婚姻話

「お相手は、どちら様でしょうか?」


 驚きから震える声を抑え込み、私はゆっくりとお父様にそう問いかける。訳ありということは、年齢がかなり上なのかしら? もしかしたら、後妻を探しているのかも。そんなことを考えれば、お父様は「……お相手は、辺境のお方だ」とおっしゃった。


「……辺境、ですか?」

「あぁ、西の辺境に屋敷を構える貴族。爵位は侯爵だ」

「……侯爵」


 それは、ネイサン様のご実家であるクローヴ家と同じ爵位。それにしても、西の辺境にお屋敷を構えていて、爵位は侯爵。その上訳ありともなればかなり候補は絞られる。


「お相手はカーティス・クラルヴァイン様。西の辺境侯であるクラルヴァイン家の現当主様だ」


 お父様は目を伏せて、そうおっしゃる。カーティス・クラルヴァイン様。そのお名前は、私だって知っている。むしろ、辺境を守っている四つの貴族のおうちのことは、王国の貴族ならば誰もが知っているだろう。それに、もれなくすべての家で訳ありの男性が当主を務めているわけだし。


「……クラルヴァイン侯爵は、今年三十になられた。お前とは七つ年が離れている。……あまり、いい話ではないだろうがな」


 婚姻する際、年齢は離れていても七つまでが理想。つまり、私とカーティス様はぎりぎりとはいえ、理想内。まぁ、こっちはバツイチだし、あっちは三十を過ぎても未婚の様だし、いろいろと問題大ありになっちゃうけれど。


「……ところで、カーティス様はどうして私を?」


 けど、それよりも。一番の疑問はカーティス様がどうして私を選ばれたのかということだ。三十まで未婚を貫いているということは、あまり女性が好きではないということだろう。きっとこの婚姻話には、裏がある。ネイサン様じゃないけれど、愛人を囲っているとか。そういうことも、覚悟しなくちゃならない。


「それが、よくわからないんだ。カーティス様はただエレノアをご所望だということしか」

「……さようでございますか」


 私はお父様のお言葉にそんな返事をしながら、考える。三十にもなって妻がいないと、周囲からはいろいろと言われるわよね。カーティス様、もしかしたら面倒な親戚に婚姻を迫られているのかも。それで、婚姻相手を探していた。その中で最も理想に近いのが私だった。もしくは、利害関係が一致すると考えた。……これが、一番可能性としては高いか。


「もちろん、エレノアが嫌ならばこのお話は断ろう。相手方も、エレノアの意思を尊重するとおっしゃっている。……エレノアが嫌ならば、このお話は白紙にして問題ないと」


 私の機嫌を窺うように、お父様がそうおっしゃる。……本音を言えば、このお話は大層魅力的だと思っている。いくら訳ありの男性だとしても、もう一度嫁ぐことが出来たのならば。きっと、この家の、伯爵家の役に立てる。かといって、もう一度愛のない婚姻をするのかと訊かれたら、迷う。この婚姻で失敗したら、私はバツが二つ付くわけだし。


(カーティス様が、どういう気持ちで私に婚姻話を持ち掛けてきたのかは、分からないわ。だけど、もしも利害関係が一致すると考えられたのならば……私にも、それ相応のメリットがあるということ)


 この伯爵家が力を持つ辺境の侯爵家とつながることが出来たのならば。もっと、発展する。それに、噂を聞くにカーティス様はそこまで馬鹿ではない。ネイサン様のようなお方では、ない。ならば……私はお飾りの妻になることが出来るのではないだろうか。もしもそうならば、私のバツが増えることはない。


「……一旦、持ち帰ってお話を考えます。すぐに結論は、出せません」


 でも、どうしてもすぐに結論は出せなかった。婚姻は一生に関わる重大な問題だ。ただでさえ、一度失敗しているのだ。二度目は、ない。


「そうだな。相手方も、しばらくは返事を待ってくれるそうだ。出来れば一週間以内に、答えを出してくれると助かる」

「承知いたしました。では、一旦失礼いたします」


 頭を下げ、そんな言葉を残して私はお父様の執務室を出ていこうとする。そうすれば、先ほどまで黙っていたお母様が「えレノア!」と声をかけてくださる。だから、私はゆっくりと振り返る。


「エレノア。無理に、婚姻をする必要はないのよ。誰が何と言おうと、私たちは貴女を大切に思っている。いっそ、領地にでも……」

「……お母様。私は、大丈夫です。この婚姻のお話を受けるにしろ、断るにしろ、私はへこたれたりしませんから」


 お母様は、私のことを心配してくださっている。領地に行ってもいいというのは、私をこの社交界から引き離そうとしているということ。貴族たちの心無い言葉を受けて、私が傷つくのを恐れていらっしゃるのだ。……それくらいじゃ、私はへこたれないだろうけれど。


(ネイサン様との冷え切った婚姻生活で、罵倒されるのには慣れてしまったわ。だから、私はこれくらいじゃ負けないし、挫けない)


 つまりは、そういうこと。ネイサン様によって、私のメンタルは逞しくなってしまった。それ故に、私は折れたりしない。傷ついたりも、しない。きっと、きっと。

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