第4話 出戻り娘の結論
「さて、本当にどうしようかしら」
部屋に戻ってきて、私は一人呆然と考える。サラにはお茶を淹れてくるようにと指示を出した。そのため、私は今一人。考え事をするにはぴったりだった。
部屋のソファーに腰かけながら、呆然と天井を見上げる。やっぱり、お話自体はとても魅力的なのよね。お相手も訳ありとはいえ、年齢は三十。まだまだ、お若い。それに、バツがついていない。辺境の侯爵家ということもあり、嫁ぐと辺境に向かうことになって、実家に戻ってくることはもうないだろう。でも、それくらいは構わない。うん、それくらいならば気にならないわ。
「……カーティス・クラルヴァイン様、ねぇ」
何度か彼の噂は聞いたことがある。まぁ、あまりはっきりとしたものではないのだけれど。つまり、ぼんやりとした噂。女性があまり好きではないとか、プライドがすごく高いとか。いろいろあるけれど、一番気になるのは……やっぱり、私を選んだ訳、よねぇ。
「まぁ、いいわ。私に与えられた選択肢は、二つだけ。そのうち、どちらを選んだとしても、私の未来は私のものよ」
そうぼやいていれば、サラは部屋に戻ってきた。その後、私の目の前にあるテーブルにティーセットを置いてくれる。だからこそ、私はその紅茶に口をつけた。その味はとても心が落ち着くものだった。……さて、考えをまとめようかな。
「エレノア様。今回のお話は……その」
「驚きはしたけれど、嫌ではないわよ。まぁ、いろいろと戸惑うことはあるけれど」
サラの言葉を先読みして、そう言葉をかける。そうすれば、サラは「……さようでございますか」と言って後ろに下がった。サラは、私のことを心配してくれている。元々、彼女は私が嫁ぐまでも専属侍女だったのだ。そして、私が出戻ってきてもう一度私の専属になった。出戻り娘の専属なんて、いろいろと思うことがあっただろうけれど。
「……エレノア様。私、今度はエレノア様について行こうと思っております……!」
しばし無言だったものの、サラは突然そんなことを言ってきた。……ついて行くというのは、きっと嫁いだ時のことだろう。気が、早いのね。そう思いながら、私は目を伏せる。……万が一、万が一、よ? 私がクラルヴァイン侯爵家に嫁いだとして、サラをそこに連れていくべきかしら? いや、違う。サラはここに居てもらった方が良い。伯爵家に、残ってもらった方が良い。だって、それがサラのためだもの。
「サラ。悪いけれど、その提案は受け付けないわ。貴女は、ここに居なさい」
「……エレノア様」
「あ、別に嫌というわけではないわ。ただ、貴女のことを想っているだけよ」
紅茶を口に付けながら、私はサラにそう告げる。サラには、恋人がいる。それも、相手はこの伯爵家の料理人。引き離すわけには、いかないの。私の自分勝手な都合で引き離すなんて、サラの幸せを踏みにじっているようなものだもの。
「ですが、また……」
「大丈夫よ。私は負けないわ。どちらにせよ、負けるなんて虚弱な精神をしている人間じゃないの」
確かに、クローヴ侯爵家に嫁いだばかりの頃は、いろいろと思うことがあった。だけど、あの二年間で心が凍てついた。まぁ、あまり動揺しないようになったのだ。
「……それに、今のサラの言葉で私は決めたわ」
「……エレノア様?」
「とりあえず、真剣にお話を聞いてみようと思うの。婚姻するにしろ、しないにしろ、お話を聞かなくちゃ何も始まらないわ」
サラの気持ちを知って、いろいろと決意が固まった。実家が嫌になったわけではない。ただ、何か行動してみたくなっただけ。私の気持ちが、また前向きに動き始めただけ。
「まずは、この気持ちをカーティス様に伝えなくちゃね。お手紙でも、出してみようかしら」
とりあえず、お話だけを聞きたい。答えを出すのは、それからでも遅くはないはず。そもそも、お相手も私の意思を尊重してくれるとおっしゃっているわけだし、問題ないだろう。
「では、便箋を用意してきますね。……私は、何があってもエレノア様の幸せを願っておりますので」
「そう、ありがとう。……まぁ、私も私なりに頑張ってみるわ」
本当は「頑張るわ!」と純粋に言うことが出来れば、いいのだけれど。生憎、私はそこまで純粋無垢じゃない。ひねくれていて、心が凍てついていて、歪んでいる。もしも、カーティス様も私と同じようなお方だったとしたら……きっと、私たちお似合いだと思うのよ。ま、お話を受けるかどうかは未定だけれど。
「……カーティス様の意図を、知りたいわね」
紅茶を飲み干した後、私はそんなことをぼやく。西の辺境侯爵家ということは、かなりの権力を持っている。クローヴ侯爵家とは比べ物にならないくらいだと思う。まぁ、王都貴族と辺境貴族だと、辺境貴族の方が権力を持っていることが多いし。
「このウィリス王国の守りの要。そのおうちの一つが、クラルヴァイン侯爵家。まさか、そんなところから婚姻話がやってくるなんてね」
やっぱり、口に出したら現実味を帯びてくる。そんなことを考えながら、私はこっそりとため息をついた。窓の外では、徐々に雲が増え始めていた。
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