第2話 両親からの呼び出し

「エレノア様。少々、よろしいでしょうか?」


 あれから数日後。自身の部屋にて読書を行う私の元を訪れたのは、サラだった。サラは神妙な面持ちをしており、私のことを見つめてくる。それに疑問を抱きながら、私は「良いわよ」と言って本を閉じ、サラに向き合った。そうすれば、サラは「旦那様と奥様が、お呼びです」と言って一礼をしてくる。


「……そう、分かったわ。けど、サラ。どうして、そんな神妙な面持ちをしているのよ」


 本を机の上に置いた後、私は立ち上がりそんなことをサラに問いかける。そうすれば、サラは「……エレノア様の、今後のお話、らしく」と言って露骨に眉を下げた。……もしかしたら、今後の私の扱いのことかもしれない。出戻り娘は扱いに困るし、修道院に行けと言われるのかもしれない。……でも、お父様もお母様も「落ち着くまでゆっくりとしていていい」とおっしゃってくれていたのだけれど……。


(まぁ、周囲から何かを言われたら、気も変わるわよね)


 特に、親戚一同は面倒な人が多い。私のことを醜聞が悪いと言って追い出そうとする人も、一定数いる。両親だって、本家としての面目を保たなくちゃならないし、私のことだけを考えて動くわけにはいかない。分かっているのよ。


「では、すぐに行くわ」


 それだけの言葉をサラに返して、私は上着を羽織る。春になったとはいえ、まだまだ寒い日も多い。特に今日は気温が低くて、上着がないと風邪を引いてしまいそうだった。もちろん、部屋は魔力を使った暖房器具が置いてある。でも、廊下は別問題なのだ。


「……エレノア様。それと、旦那様に一つだけ確認をしておくようにと、指示されたのですが……」

「どうしたの?」

「エレノア様は、もう一度婚姻される気は、ありますか?」


 サラはそう言って、私のことをじっと見つめてくる。……もう一度、婚姻。正直に言えば、あまりない。でも、もう一度婚姻をしてこの家の役に立つことが出来るのならば。そう思う気持ちは、ここ数日で確実に芽生えていた。お金があれば、このラングヤール伯爵家はさらに発展する。ならば、どんなに悪い噂のある男性の元にだとしても、嫁いだ方が良いのではないだろうか。そう、思ってしまうのだ。


「……そうね。正直に言えば、ないわ。だけど、もしもこんな出戻り娘がこの伯爵家の役に立つことが、婚姻なのだとすれば……真剣に考えたいと思っているの。だって、私の幸せはこのラングヤール伯爵家の発展だもの」


 私はそう言って目を伏せる。それにしても、どうしてお父様はこんなことを確認されたのかしら? もしかして、私を娶りたいという稀有な人でも現れたの? まぁ、前の婚姻が正真正銘の白いものだったので、新品であることに間違いはないのだけれど……。でも、ねぇ。いろいろと考えたら、やっぱりまっさらな人を娶りたくないかしら?


「……さようでございますか」


 サラは、私の回答を聞いてただ静かに頭を下げた。その様子を怪訝に思いながらも、私はお父様の執務室を目指す。お屋敷の中には高価な骨董品があちらこちらに飾られており、伯爵家の財力を存分に見せつけている。私は、この家で何不自由なく育った。嫁ぐまでは。


「お父様、お母様、エレノアです。入ってもよろしいでしょうか?」


 お父様の執務室の扉をノックしてそう声をかければ、中から暗い声音で「良いぞ」と言葉が返ってきた。……やはり、何かあるのだろう。そんなことを思いながら、私は扉を開ける。その後、「失礼いたします」と声をかけ、静かに頭を下げた。


「……エレノア。サラから聞いていると思うが、今後のお前のことで話がある」


 私が執務室に入れば、お父様が真剣な面持ちでそう声をかけてこられた。そのため、私は表情一つ動かさずにただ「はい」とだけ返事をする。


「正直、私たちはエレノアにここに居てほしいと思っているわ。けど……その」


 お母様が、私の目を見ながら口ごもる。……やはり、醜聞が悪いとか親戚の説得に折れるとか、そう言うことだろう。


「……承知しております。私だって、いつまでもこの家に居座るわけにはいかないことは、分かっていますから。……ですので、近いうちに荷物をまとめて修道院にでも――」


 本当ならば、あと一年程度実家でゆっくりとするつもりだった。だけど、こうなったら話は別。もうさっさと修道院に行ってしまって、親戚たちを黙らせたい。私は確かにそう思っていた。いたのだけれど……お父様は、何もおっしゃらずにただ首を横に振られた。


「違う。私たちは、お前に修道院に行ってほしいわけじゃない。……エレノア、驚かずに聞いてくれ。お前に、新しい婚姻話が来ているんだ」


 お父様のそのお言葉を聞いた時……私は、確かに目を見開いてしまった。


(新しい、婚姻話? それも、私に?)


 もしかしたら、そんな可能性もあるかも……とは、思っていた。だけど、まさか――本当に来るなんて。それに戸惑い私が目を瞬かせれば、お父様は「まぁ、お相手は訳ありだがな」と続けられた。……やっぱり、そうよね。

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