第16話 黒歴史バベル

 拠点の拡張は続いていた。リクの指導を受けた人員が独り立ちして、狩猟班が増えたことが大きい。今後の復興の障害になるエネミーの討伐が主たる任務だが、その途中で再生人類を保護してくることも多い。そのため一定数の新人が常に存在する。


「本来この塔は天を衝くほどに高く!」

「それはいいから!」


 新しくきた見習いに拠点の案内をしているアダンに、アマネがビシッと突っ込んだ。


 アダンはアマネの一番弟子の地位を確立し、気ままに飛び回る師匠の代わりにクラフターのまとめ役を担っていた。そのアダンが鼻高々に説明しているのはバティディアを呼び寄せることになった第三区画の例の塔だ。


 現在はきちんと女神の守護圏内に収められた塔は、それでも拠点で一番高い建物に違いなかった。おかげでランドマークとして狩猟班のいい目印になっている。同時にクラフターにとっても高度基準を示す目印であった。なのでアマネの都合にかかわらず、新入りに説明すべき建造物になっているのである。


「いや、しかし本当にあの塔には感動したのだ。天上の景色が見える塔だぞ! あれは素晴らしかった!」


 おー、と新人たちが声を上げるがアマネは再度ツッコミを入れる。


「いや、でも圏外でしょ!」

「そうなのだ……残念ながら巨大なエネミーの襲来で現在のように……」

「やめてえええええ!」


 アマネにとってはうっかりもいいところの黒歴史。クラフター的にも横は考えたのに縦は忘れていたという大失態だ。できれば忘れてほしいのだが、アダンは天高くそびえ立つあの塔を惜しんでアマネ以上に滔々とうとうと語るのだ。塔だけに。


 そしてリクがぽろっと蘊蓄うんちくを語ったせいで、今では”バベルの塔”と呼ばれている。


「訓練生諸君! バベルを越える高度で飛ぶことは許されない! 乗騎をしっかり制御すること!」


 広場ではペガサスに乗ったエーファが下心満載の飛行兵種志望者に注意している。ぶっちゃけ危険高度がわかったのは戦闘班にも都合が良かった。


「バベルを越えるとエネミーが襲ってくるからですね!」

「そうよ。拠点上空に敵を呼んだら厳罰に処します!」


 すっかり女性士官っぷりが板についたエーファが後輩たちに釘を刺す。


 それを聞いたアマネは虚ろな目になった。耳が痛い。当分あの事件は風化しそうになかった。






 蒼空を滑空する飛竜が一騎。その背に乗るのは赤と青、対照的な髪の色をした二人の小さな少年だ。


「いい景色~」

「アマネが高いところに登りたがる気持ちがわかるな」


 飛竜を飛ばすリクの肩に手を置いて、立ち上がったカイトは背伸びをした。


「んー、今のところ敵影なしかな」

「そのようだ」


 リクの戦略マップに張り合って、カイトが超人化している視力で周辺を見回す。バティディアのようなデカブツなら目に入る方が早いかもしれない。


 狩猟班を複数編成可能になったので、二人がこうして独自に動くことができるようになった。今回は長距離偵察である。


 拠点周辺の様子はだいたい把握し、エネミーの討伐も進んでいる。しかしバティディアの出現は、未確認のエネミーがまだどこかにいることを示している。もちろん本来の世界はもっともっと広いはずだが、今まで【コトワリ】がどのあたりまで浸透しているのかを調べに行く余裕はなかった。


 いるだけでいいとは言われたが、遠くなるほど影響が及びにくくなるのは間違いなさそうだ。後方は山も森もあり緑も多いが、初めて来たこのあたりはまだ荒れ地が広がっている。


「俺たちは移動していくべき……かな?」

「……もう少し様子を見よう」


 カイトがらしくない沈んだ声音で言うと、リクはちょっとだけ間を置いて答えた。


 アマネが作った拠点は住人が増えて賑やかに発展している。三人だけだった頃は広すぎると思えたのに、今は拡張に拡張を重ねても足りないくらいだ。訓練場で自主練に励む狩猟班、そこに差し入れを持っていく料理人見習い。工房で家具や道具を作っている職人たち、熱心に家畜の世話をする者、町の彩りにと花を育てる者。


 そこから離れて荒野に向かうということは、また三人だけになるということだ。


「そもそも【コトワリ】が浸透するから世界が再生し、同時に邪神の残滓エネミーも現れる。無暗に範囲を広げると手が回らなくなるかもしれん。急ぐ必要はない。別に期限を区切られてるわけじゃないしな」

「そう、そうだな! ……お!?」


 カイトがリクの肩越しに前方を指差した。


「海だ! 海だよな、あれ!」


 荒野の先が切れたと思うと、その向こうには一面の水が見えた。崖っぷちに飛竜を下ろしたリクは、戦略マップを見る。地形はマップの縁までずっと水だ。


「陸地沿いに少し確認しよう」

「あいよー」


 二人はまた飛竜に乗って周辺を見て回った。その結果、この水場は湖というには広すぎ、ついでに下りられるところで舐めてみたら間違いなく塩辛かった。


「船がいるか……」


 リクは思わず遠い目になった。


 リクやカイト、アマネのいた世界は水の惑星。陸と海の比率はおよそ3:7。元々のこの世界の大きさがどうだったかは知らないが、三人を基準に再構成されているなら地球と同じでもおかしくはない。


 ならばいつかは海を越える手段が必要になるだろう。拠点の暮らしに慣れて、世界の広さは漠然としか考えていなかった。海を前にしてそれを突きつけられた感じだ。文明を広めなければならないとしたら、この星を周回する覚悟がいる。


「クラフターたちに相談だな」


 さすがに海を渡るとなれば簡単には行くまい。年単位で準備することになるだろう。

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