第15話 大浴場の親衛隊

 第二区画は三人が保護した人々の宿舎がある区画だ。畑や家畜がいるのは半分にも満たない面積だが、ゲーム理論で収穫サイクルが早いため食料は十分にまかなえている。


 アマネが意地になった士官学校もあり、付属する寮には新兵や見習いが住んでいた。


 その女子寮の大浴場は、今日の話題でもちきりだった。


「本気のカイト様凄かったわね」

「本当! あっという間に見えなくなって」


 カイトが戦場に向かうところを目撃した狩猟班の娘らが、はしゃいだ声を上げる。すると拠点で戦闘を見ていた見習いノービスが目をキラキラさせて言った。


「怪物の上を軽々と跳び回って、まるで翼があるみたいでした!」


 カイトの高機動力はまさに超人。さすがにあれは誰も真似できない。ゲームが違うのだ。


「先生も素敵だったわー」


 授業中だった見習いノービスがため息をついた。


「襲撃にも動じず、指示を出してご自分はさらっと飛んで行ってしまわれて」

竜騎士ドラゴンナイトのお姿、凛々しかったわね」


 顔を見合わせて笑い合う娘たち。


 拠点に敵が侵入したのは初めてだ。しかも空中を飛ぶ巨大な怪物。クラフターはもとより戦闘職の者も、どうすればいいのかと頭が真っ白になった。


 しかしいつもと同じ冷静な声でリクが指示を出したおかげで、皆我に返って動き出した。その後はリクが敵を引き離しカイトが合流して決着。見ている方ははらはらしたが、二人は当然のような顔をして帰ってきた。


 自分の失敗に気付いたアマネは落ち込んだが、男子二人は軽く注意しただけで掃除に行こうかなどと話している。もちろん被害が軽微だったからではあるが、あんな大きな怪物を微塵も恐れる様子がないのは、さすが女神の使徒と皆感嘆した。


「あんなに可愛いのに……」

「もう、罪よね!」


 きっと彼らが元々の年齢だったら評価も違った。だが子供アバターの彼らは、女性たちからすれば恋愛対象ではなく愛でるもの。冷静沈着な腹黒眼鏡なのに幼い風貌のリクと、やんちゃ坊主そのものなのに大人の気遣いもできるカイト。それぞれにギャップ萌えと正統派ということで、拠点の女性人気を二分している。


「生意気ドヤ顔の先生が可愛すぎて!」

「カイト様お持ち帰りしたい……」

「あのにぱーって感じの笑顔がもうね!」


 そして浴槽の片隅で鼻の下まで湯につかり、たそがれているのはエーファだった。


(先生の勇姿を見れなかった……)


 呟きはもごもごと湯の中に泡となって消える。カイトを見送ったエーファは、隊を無事拠点に連れ帰るというミッションのために、余所見をする余裕もなくまっしぐらに戻ってきた。早く戻って微力でも援護を……と思っていたのだが、帰り着いた時には全部終わったあとだったのである。


(私、先生の一番弟子なのにっ!)


 自我が戻って来た時、最初に目に飛び込んできたのは青だった。夕暮れのオレンジの空を背景に立つ青い髪の少年。女神の使徒だと瞬時に理解してひざまづいた自分に、手を差し伸べる彼は少し困ったような優しい笑顔を浮かべていた。


 その時エーファの世界は色づいた。まっさらな青だけでなく、緑の風や黄金の光を感じた。生涯この方にお仕えしようと思った。リクが聞いたら「それは刷り込みという現象で……」と渋い顔になるだろうが、すでに手遅れである。


 エーファは他の追随を許さない圧倒的リク派。「先生を(こっそり)愛でる会」の筆頭代表であった。


 ゆえにカイトの本気をチラ見してもさほど響かず、間に合わなかった後悔だけに苛まれているのだった。


「次……次は絶対飛行兵種の資格を取るわ……!」


 『帝国の紋章クレスト・オブ・エンパイア』ステータスの者たちは、スキルや能力値を伸ばし試験に合格することで違う兵種への転職資格を得られる。特級職の竜騎士ドラゴンナイトにはまだ届かないが、女性専用職である天馬騎士ペガサスナイトなら手が届くはず。


 最初の一人だったエーファは、先行者としてのアドバンテージがある。後続に先んじて転職することができるはずだ。そうすれば。


「先生と二人っきりで空中デート……!」


 飛竜に乗るリクと、天馬を駆る自分。並んで飛ぶうちに、うっかり翼が接触しそうになって「危ないだろう。気を付けろ」なんて叱られちゃったり、「ちゃんと俺について来い」なんて言われちゃったり――


「先輩、大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよー」

「ひゃあっ!」


 心配した後輩に声をかけられてエーファは飛び上がった。


「ち、ちち、違うの! 天馬騎士ペガサスナイトを目指すのはまたこんなことがあった時、先生をお一人で戦わせないために……」

「あ、先輩もですかー?」

「へ?」


 エーファがぽかんと振り返ると、風呂場の話題は次へと移っていた。


「狙うは天馬騎士ペガサスナイトね!」

天馬騎士ペガサスナイトなら中級職だしがんばれば……」

「うふふ、もしかしたらカイト様を乗せて飛べるかもしれないわ!」

「ちょっと! 簡単にはやらせないわよ!」


 考えることは皆同じだった。油断も隙もない。きゃっきゃと騒いでいる後輩たちに、プチッとエーファの何かがブチ切れた。


「槍もまともに使えないくせに騎士ナイト職なめんじゃないわよー!」


 自分たちはエネミーと戦い人々を守る戦士なのだ。まだ半人前の分際でそんな浮ついた動機で使命を果たせるのか。


 自分のことは棚に上げてエーファは正論で畳みかけた。ライバルの足を引っ張るのに遠慮は無用だ。


「大体飛行するだけで転落の危険があるのよ! どんな体勢でも武器が振るえるようでなければ危ないだけじゃない」

「エーファ先輩……」


 もっともな指摘に新兵たちはうなだれた。戦場へ赴く以上、命の危険だってあるのだ。ちょっと本気で怒ってしまったエーファは根が真面目だった。


「わかりました! 地道にがんばります!」

「あたしたちが追いつくまで、先生をお願いしますね!」

「やっぱり、エーファ先輩が一番だから」


 後輩たちの言葉にエーファは目を丸くする。


「……みんな……」


 なんだかんだエーファはリクの補佐として一目置かれていた。拠点襲撃事件と大浴場の一幕は、最終的に女性兵士たちの結束を固めて終わったのだった。

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