第13話 大型ボス襲来

 人口が増えてきたので拠点には新たな区画が追加された。今建築ラッシュになっているのはその第三区画だ。そこに今朝見た時はなかった塔が屹立している。おそらくモデルは日本で一番高い電波塔だ。アマネの仕業だろう。


 その塔に突撃を繰り返しているのは、エイに似たシルエットの怪物。体をうねらせて空中を泳ぐように移動している。突起のついた装甲が蛇腹のように体表を覆っており、体当たりをくらって塔の先端はすでに破壊されていた。さっきの轟音は壊された瓦礫が落下した音だったようだ。


「バティディアじゃないか!」


 リクは思わずその名を口にした。それは『SOO』のフィールドボス。今まで出会ったのはどれも人間サイズかせいぜい熊程度の通常エネミーばかりで、こんな大物が現れたことはない。


 リクは素早くマップを確認する。敵は単独。アマネやアダンらのアイコンは健在だが、ちょうど塔の周辺にいる。


「戦闘職は第三区画から職人たちを避難させろ! 回復職はここで待機して怪我人の受け入れを! 俺は奴を引き付ける!」


 教え子たちに指示を出し、リクはコマンドメニューを操作して兵種を変更する。リクの場合、カイトと違って拠点内であればいつでもクラスチェンジが可能。今いるのは見習いや初級兵ばかりで、飛行エネミーであるバティディアと戦わせるのは無理だ。あんなデカブツに非戦闘員もいる拠点で暴れられては困る。


 リクのそばに大型の飛竜が姿を現した。どこから召喚されてくるのか謎だが、女神様が泣きそうなのでそこは突っ込んではいけない。槍を手に騎竜に飛び乗ったリクはすぐさま飛び立った。


 飛竜が大きく羽ばたいて、滑空しながらバティディアに迫る。弱点は頭部と左右のヒレにある、目のように見えるコア。


「こいつに鉄槍で突撃することになるとは」


 リクはくすりと笑う。SFアクションの『SOO』ではプレイヤーはすべからく科学の申し子。ミサイルランチャーやビーム兵器、手持ち武器であっても力場の刃を持つ超技術の産物だ。つまり本来はそんな武器が必要な敵……のはず。


「だが、女神様コラボなんでな!」


 複数のゲームが混在している今、未来科学をベースにした武装も中世ファンタジーの武器もちゃんと通用する。


 リクの槍は頭部の装甲を削り取り、バティディアが笛のような悲鳴を上げた。明確に攻撃してきた敵に、バティディアは装甲を逆立てて向き直る。頭の左右にある突起からビームが放たれ、リクは騎竜を操ってそれを回避した。


 戦略マップで人々の避難が始まったことを確認し、リクはバティディアを拠点から引き離しにかかった。




 騒ぎが起きる少し前。


「うおおおお! さすが親方! 天から見る景色とはまさにこのことか!」

「ふっふー! いいでしょいいでしょ!」


 アマネは高いところが好きだ。青い空の解放感や、ふわっふわの白い雲、足下の自然や人の営みを見るのも大好きだ。それが自分の作ったものならなおさらだ。


「んー、拠点がもっと大きくなるなら、全体のバランスを考えてデザインするのがいいかもね」

「ふむ?」

「第一を中心に花の形に展開するとか」

「ほうほう」

「高低差をつけて立体的にするのもいいかも」

「ほほーう」


 アマネがいるのは午前中いっぱいかけて積み上げた塔のてっぺんだ。アマネの横ではアダンが興味深そうに下を覗き込んでいる。その後ろには見習いたちが集まって、同じように外や内を見ていた。


「ここでまったりお茶できたりするといいなあ」


 まだ細部は完成していない。窓や明かりをつけたり、内装はこれからだ。壁と床、階段やエレベーターができたので、我慢できずに上まで上がってきたのだ。


「途中にテラスとか作るのもありかなー。土ブロック置けば庭園も造れるし……」


 アマネが楽しい想像に耽っていると、アダンが肩を叩いた。


「親方! 怪物だ!」


 緊迫した声にアマネが目を上げると、空中を泳ぐように影が向かってきているのが見えた。


「えっ、バティディアっ!? なんでええええっ!?」

「やべえ、逃げろ!」


 アダンがアマネを担いで駆け出す。見習いたちも慌ててエレベーターに飛び乗った。エレベーターといっても、電力で動いているわけではない。反発するブロックを利用したゲーム理論の昇降機だ。そのためちょっとよくわからない速度で昇降が可能。


 降り切るなり一階から外へ飛び出した職人たちが見上げると、塔の床面積に等しいほどの巨大なエイが突っ込んでくるところだった。


「退避――ッ!!」


 野太いアダンの声はよく通る。アダンは当然アマネを担いだまま、見習いクラフターたちも後をも見ずに逃げ出した。上空で爆音が響き、ガラガラと破片が降ってくる。


「い――や――あ――っ!!」


 アマネの眼前で積み上げたばかりの塔が破壊されていく。高所から落ちた破片が、周囲の石畳に突き刺さって破砕した。


「何してくれんのあのマンタもどきっ!!」


 アマネは叫んだがアダンががっちり捕まえているので、癇癪を起した子供よろしく手足をばたつかせるにとどまった。


「あれは……先生か!」


 アダンの目に緊急発進した戦闘機よろしく、青髪の竜騎士ドラゴンナイトがバティディアに襲い掛かるのが見えた。戦いながら双方は拠点の外へ移動していく。


「許さないっ! せっかく建てたのに! ギッタギタにしてやるんだからっ!」


 大声でわめいたあと、アマネは涙目になって言った。


「……リクが」


 『SOO』のプレイ中だったらアマネもミサイルランチャーを抱えて参戦しただろう。だが今のアマネにそんな戦闘力はない。『クラフトオーダー』を選んだことに後悔はないが、ちょっとだけ戦闘職の男子を恨めしく思うアマネだった。

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