第12話 拡張、また拡張

 第二区画の防壁が完成したあと、拠点の生活も変化した。


 リクは検証も兼ねてエーファの指導に専念、カイトは単独で周辺の邪神の残滓エネミーを狩りに行くことになった。ナビゲーター不在のため効率は落ちたが仕方がない。


 アマネは新しい区画を埋め始めた。ワンルームのアパートを建て、畑や家畜小屋も新築し、食料増産の準備を進めている。


 そして一週間ばかり。初級職の槍兵になったエーファはリクとカイトに付き添われ実戦デビューを果たした。さすがに教室の授業だけではレベルは上がらない。だがスキルは鍛えられていたので、戦いは安定していた。リクの想定通りである。


 そして狩猟班が三人になって数日後。


「わしの名はアダンという。わしもこんな風に何かを作って暮らしたい! 頼む! 弟子にしてくれっ!」


 アマネに向かって平伏するのはすこぶる体格のいいオッサンだ。濃い色の髪に重量感のあるマッチョな体。ご立派なヒゲ。背丈は低くはないがどう見てもドワーフである。エーファがそうだったように、拠点に到着して周囲を見るうちに自我が覚醒。防壁や建物に目を見張ったあと、アマネの作だと知ったらこうなった。


 戸惑うアマネにリクが補足説明をした。


「この人は『クラフトオーダー』のステータス持ちなんだよ」

「ああ……じゃあ確かにあたしの担当になるわね」

「頼む、御使い様! その神の技を是非伝授して欲しい!」


 膝をつき体を折っていわゆる土下座なポーズなのだが、厚みがあるため子供サイズのアマネには圧迫感がある。圧というか熱というか。


「う、うん。とりあえず住むところに案内するね。明日から仕事を手伝ってもらうから」

「感謝する! ああ、わしが足になろう」


 アマネが先導しようとすると、アダンはひょいとアマネを持ち上げて肩に座らせた。


「ははは、親方はちっちゃくて軽いな!」

「えっ、親方なの? ちょ、下ろして?」

「大丈夫、いつもこうして……」

「初対面でしょ?」


 アマネを乗せて歩き出したアダンは立ち止まって首を捻った。


「む……そういえばそうだな……不思議だ……」


 アマネははっとした。エーファもアダンも邪神が荒らしまわった世界の残滓から再生された人間だ。個人の記憶は持っておらず、ただアマネたち三人が女神の使徒であることだけは認識している。


 だがもしかしたら、どこかに以前の記憶が残っていたりするのかもしれない。最初からものづくりに強い熱意を見せたことや、今の何気ない行動。


 例えばアダンが元々大工や工芸家だったとしたら。幼い娘がいたとしたら。


 アマネの瞳が揺れた。考えないようにしていた、もう会えないだろう家族のことを思い出してしまったのだ。


 アマネは頭に浮かんだことを振り払って前方を指差した。


「いいわ、アダン! あそこが宿舎よ! 今なら好きな部屋を選び放題!」

「あれも親方が建てたんだな。よし、じっくり見せてもらうぞ!」


 アマネを落とさないよう支えながら小走りに駆けて行くアダン。それを見送ってリクとカイトはほっと息をついた。


「強面だけどいい人みたいだな」

「はは、拠点の拡張がはかどりそうだ。……もしかして止める奴いないのでは」


 常々アマネは働きすぎだと思うが、それが二人に増えた気がする。察したエーファが手を上げた。


「先生、私も回復魔法を勉強しておきましょうか?」

「ああ、そうだな。夕食までちょっと授業するか」

「はいっ!」

「じゃ戦利品の整理はオレがしとく」

「すまんな、カイト」


 そうして狩猟班は二手に分かれて散って行ったのだった。






 大きくなった拠点は、すぐに次の拡張を余儀なくされた。


 というのも、外に出るたびに再生人類が見つかるようになったからだ。今のところ『帝国の紋章』と『クラフトオーダー』がほぼ同数。皆同じように最初は人形のようで、拠点に来て初めて覚醒するといった感じ。全員が三人を「女神の使徒」だと認識していた。


 彼らと三人ではシステムの適用に差異があることもわかった。再生人類はインベントリを持たず、フィールドマップが把握できるのもリクだけだったりする。


「プレイヤーは俺たちだけってことか……」


 リアルと現実は違う。三人は転生特典のような形でゲームシステムを持ち込んだが、それは本来ある形ではない。ゲームシステムの適用は女神にとっても難題のようだったから、転生者でもない人々は簡略化されたのだろう。


 最初からシステムに精通していた三人と違い、彼らはその使い方をよく知らない。リクは新人教育で教室に詰めることになり、アマネも見習いクラフターを引き連れて建築や農作業を指導することになった。


 外回りはカイトに一任され、リクの指示でエーファが助手についた。邪神の残滓エネミーの討伐も大事だが、これだけ再生人類が見つかると保護の手を抜くわけにはいかない。いずれはもっと捜索の手を増やしたいが、今はまだ無理だ。


 そして一月ばかりが過ぎた頃。


「……というわけで、武器同士の相性もある。安全に敵を倒すためには……」


 リクは教室で生徒たちを教えていた。生徒といっても基本的に大人ばかりだ。黒板の前で講義をするちびっこというのは違和感が凄いが、御使い様ということで普通に受け入れられている。


 授業といってもゲームと違って具体的にどうするか悩んだが、兵種や武器の特性、エネミーの知識、スキルやレベルの仕組みを解説することで成立している。あとは生徒同士やリク、あるいはカイトを相手の戦闘訓練だ。


 そこへ突然人々の悲鳴と破壊音が轟いた。


「怪物だ――っ!!」

「誰か助けて!」


 授業を中断し、リクは外へ飛び出した。轟音と地響きがびりびりと伝わってくる。


「何があった!?」


 リクの目に映ったのは、開発中の新区画にそびえる塔と、それに体当たりをかましている飛行型エネミーの姿だった。

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