第8話 拠点

 防壁の中は広々としていた。出入口になる門は釣りをしていた湖側と、反対側の森に向いた二ヶ所。


「本格的な防壁だな」


 リクが感心したように言う。分厚い壁の内側には階段があり、上に上がれるようになっていた。つまり壁の上から攻撃ができる。


 敷地の中央には赤い屋根をした二階建ての家が一件建っていた。前後の門へと石畳の道が敷かれ、そばにはリンリンゴの木。玄関口には花の植えられたプランターが置かれ、明るい雰囲気だ。家庭菜園らしい畑に、湖に水路をつなげたのか小さな池まである。


 中からまだ作業音がしているので、アマネは内装でもしているのだろう。


「すっげ……」

「なんだろう、一番チートなのはアマネなんじゃないか……?」


 そろそろ日が落ちる。声をかけようかと思った時、玄関が開いた。


「あ、おかえりー。なんか釣れた?」

「お、おう」

「お疲れ。作業は終わったのか?」

「大体は。見て見てー」


 にぱっと笑うとアマネは二人を家へ招き入れた。


「玄関で靴脱いでねー。スリッパはそこにあるから」


 生活様式は日本に合わせたらしい。入ってすぐはリビングとカウンターキッチン。ダイニングテーブルと椅子が置かれて足元にはラグまで敷いてある。


「よくこんだけ作ったなあ」

「ありがたいけど無理はするなよ」

「へーきへーき。好きでやってるし」

「それならいいが……」

「お風呂場とトイレと洗面所はそっちね。いつでも入れるよ」

「おー!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 リクがストップをかけた。


「風呂やトイレが普通に使えるのか?」

「うん。ちゃんと水出るよ」

「水道もないのに?」

「そこはゲーム式? ライトもつくよ」


 こてんと首を傾げつつ、天井のライトをアマネが指差した。スイッチを操作するとぱっと明かりがつく。風呂場を覗きに行ったカイトが廊下の先から手を振った。


「バスタブにお湯入ってるー!」


 リクは何か言おうとして、首を振って口を閉じた。ややあってアマネにたずねる。


「……女神像はどうなった?」

「そう、それそれ! こっち来て!」


 アマネが案内したのは奥の部屋だ。そこは吹き抜けになっていて、壁には大きなステンドグラスがしつらえられていた。一段高くなった場所には台座が置かれている。


「これはまた……」

「すげえな。礼拝堂じゃん」

「えへへ。まあ雰囲気的に」


 呆れるやら感心するやらだが、これなら祈りの場として十分だろう。


「竣工式というか、みんなで仕上げをしようと思って」


 アマネに言われて三人は台座の前に並んで立つ。


「それじゃ、女神像置きまーす」


 アマネが両手を振りかぶり、振り下ろした。インベントリからアイテムを設置するモーションだ。タターンと軽快な音がして、台座の上に像が置かれる。


 その途端像が光を放ち、渦を巻くように輝く粒子が広がって弾けた。


「なっ!?」

「えっ」


 思わず眩しさに目を覆って、光が収まったあとアマネが叫んだ。


「女神像が違う!」


 ゲームでは女神像と言いながらデザインは聖母像に近かった。それがギリシャ風の衣装の女性像に変わっていたのだ。美しい女神にはティエラの面影がある。


 アイテムメニューを確認したアマネが説明文を読み上げた。


「女神ティエラの像。設置された場所から一定範囲に、邪神の残滓エネミーを寄せ付けない効果があります!」

「「マジか!?」」


 少年二人が声を上げた。


「あたしたちが拠点と認識した場所にしか設置できないみたいだけど……」

「防御完璧じゃね?」

「拠点の中には敵が湧かない仕様をアイテムで補完したのか。やるな、女神様運営

「ちょっとこれ本気で拝まないと!」

「だなっ!」


 三人はそれぞれに感謝の念を込めてしばし瞑目する。習慣的に祈るというか拝む形だが、気持ちは伝わるだろう。


 まるで日本の一般家庭のようなリビングに戻り、三人は夕食にすることにした。


「焼き魚にちゃんと塩味ついてるとはなあ」

「別ゲームの魚がそのまま使えてるのも謎だが……」

「女神様にお礼言わなくちゃね。畑でも色々作れるだろうし、素で来てたらどうなってたやら」

「交代で見張りを立てて野宿かな。打製石器から始まるところだった」


 リクのリアルな指摘にアマネもカイトも苦笑いをする。夜になっても明るい食卓には、焼き魚の乗った大皿とカットされたリンリンゴが盛られた鉢。各自フォークと取り皿を持ち、水の入ったコップも置かれている。元の暮らしを思えば足りないものも多いが、状況を考えれば十分すぎるくらいだ。


「世界の再生は勝手に進むんだろうが、今後人と会うこともあるんだろうな」

「人間も再生するって話だったものね」

「明日から俺とカイトは外で狩りだな」

「レベル上げしないとな!」

「それもあるし、人間を見つけたら保護しないといけない」

「そうだな。それも女神様の依頼だし」

「アマネは留守番でいいか?」

「うん。あたしは戦ってもレベル上がらないし、拠点の整備をするわ。素材が欲しくなったら言うから、採集付き合って」

「もちろんだ」


 リクもカイトもうなづいた。生活の要はアマネだ。二日目にしてトイレと風呂完備の家に住めるとは、もう頭が上がる気がしない。


 食事のあと風呂に入り、寝ることにする。その時になってアマネが言った。


「えっと、一応二階に個室を用意してあるの。家具とか小物とか、リクエストがあったら言って。でも、その……」


 パジャマの裾を握ってもじもじとアマネは上目遣いに二人を見た。


「……今日は一緒に寝てほしいかな、とか……」


 子供の姿とはいえ元は高校生だったのだ。多少の遠慮はある。だが異世界に来てたった二日目。この拠点は十分に安全だろうが、一人で眠るのはやっぱり不安だった。


 リクもカイトもそれを察したのかすぐにうなづいた。


「いいよ」

「どこで寝る?」

「ロフト作ったの。敷物とかクッションとかあるから」


 ルーフウィンドウから星が見えるロフトは居心地がよかった。おそらくまだこの世界にたった三人だけの彼らは、寄り添い合って目を閉じた。

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