第6話 戦略マップ

「ふおおおお!」


 アマネは思わず感嘆の声を上げた。夜が明けると周囲の景色は大きく様変わりしていたのである。

 池は広がって湖と化し、そのほとりには森が出来上がっていた。慌てて物見台に駆け上がったアマネが叫んだ。


「山! あっちに山できてるっ!」

「天地創造より三日早い。いや、森に動物がいたら六倍速か。再生だからか?」

「何の話?」


 ぽかんとするカイトをスルーしてリクが物見台のアマネを呼んだ。


「アマネ! なるべく早く女神像を作って礼拝すべきだ! 信仰が神の力になるって設定は定番だ。礼もだが、実利も込みで女神に信仰を貢ごう!」

「あっ、そうだね! ……ああ、材料足りないー!」

「なら採集に行こう。これだけ環境が整ったんだ。色々見つかるかもしれない」

「行く行くー!」


 跳ねるようにアマネが階段を下りてくる。


「仕事の早い運営には感謝しないとな」


 水も食料も、住む場所も、この分なら心配なさそうだ。ゲームの持ち込みを要求されて涙目になっていた女神を思い出し、リクは笑みを浮かべて胸の前で手を合わせた。






 三人は勇んで探検に出かけた。綺麗な湖、青々とした草原、鬱蒼とした森。その向こうには聳え立つ山々。


「一晩でこうなるとは」

「すごいね」

「なんかワクワクするな!」


 アマネは早速石斧を手近な木に当ててみた。コンコーンといい音がして一瞬で木はバラバラの木材ブロックと化す。


「うわ、すげえ」

「本当なら何人もで苦労して切って、乾燥させてからしか木材としては使えないはずなんだがな」

「ホント『クラフトオーダー』のシステムが使えてよかった! これならちゃんとしたベッドや家具もすぐ作れるよ!」


 荷物はインベントリに放り込めば手ぶらで済む。アマネはざっと初期投資に必要な素材と量を頭に浮かべた。少年たちにも相談し、優先順位を決めていく。さすがに夜になってからは外に出ない方がいいだろう。作業時間は限られている。


「敵が出た時には、基本的に担当者が対応すること」


 緊急時の対応はひとまずそう決めた。例外はアマネの『クラフトオーダー』で、このゲームの敵はリクとカイトも手を出す。


「さすがにアマネが戦うより早いと思うし」

「だな」

「く……否定できない」


 まだ『クラフトオーダー』の敵は現れていないが、ロクに武装もないアマネが頑張るより、華麗なアクションを決めたカイトが戦う方が圧倒的に早そうだ。


「単にバトルメインのゲームの方が戦闘力が高いだろうという想像でしかないが、ゲーム同士のバランスも早めに確認したいな」


 そう言って眼鏡をクイッと上げるリク。女神様はちゃんとサイズの合った眼鏡を用意してくれたようだ。なお転生後の今、目が悪いわけもなく度は入っていなかった。


 青い髪はリクの選んだゲームの主人公と同じ髪色。衣装は丸々主人公デザインで、胸部を守るため金属装飾を縫い込んだ黒いコートといういでたちである。腰には剣と短剣。眼鏡以外は由緒正しい中世ファンタジー的世界観のゲームを体現していた。


「リクは何でそれにしたの?」


 森の中を歩きながらアマネがたずねた。


「好きだから」

「おうふ」

「何だ?」

「い、いやあ。リクのことだから、何かの計算があるのかと思って」

「あるぞ」


 リクは立ち止まり、後ろを振り返った。


「俺にはマップが見えてる」

「へっ!?」

「は?」


 アマネとカイトが揃って目を丸くした。計画性があり効率を考えるリクは、ナビゲーターとして優秀だ。だから移動の時は大体リクが先導するのが普通だった。なので何となくいつも通りリクについて歩いていたが、そういえば初めて歩く場所のはずなのに、リクに迷いはなかった。


「ユニットを展開するためのマップが見えてるのさ」

「あああああ! そういうことかっ!」


 気づいたカイトが思わず手を叩いた。アマネが生産ゲー、カイトがバトルアクションなら、リクが選んだのはシミュレーションRPGだった。


「もしかして昨日ズムトに気付いたのって……」


 リクはにやりとする。未知の環境、当然警戒はしていた。今の状況で地図情報は有用だ。その上敵の位置やステータスまでわかるというのは、チート以外のなにものでもない。


「お前たちが同盟ユニット扱いなのがちょっと笑える」

「マジか」

「緑アイコン表示になってるよ。見えるステータスはちゃんと『クラフトオーダー』と『SOO』だが、ゲーム同士の整合性をどうとってるんだろうな、女神様」


 リクが持ち込んだのは『帝国の紋章クレスト・オブ・エンパイア8~緋色の月と海~』。戦略ゲームであり、ユニットであるキャラクターが成長するファンタジーRPGでもある。制作会社を代表する人気シリーズで、戦場で死亡したキャラクターは復活しないというハードな設定の一方、戦場で愛を育み子供世代までストーリーが展開したりするという、恋愛要素まで盛り込んだゲームだ。


 プレイヤーは様々な兵種で構成された軍を育成し、彼らを指揮して敵を倒す。そうやってマップを制圧しながらストーリーを進めていくというシステムだ。


「拠点の作成や運営はこのゲームにはないが、そこはアマネがやってくれるだろう?」

「うん!」

「戦闘の柱はカイトになるだろうし、『SOO』のSF要素は科学技術を補強してくれると思う」

「なるほど」

「だから俺は別方向をカバーできるようにと思ってな。これなら早期警戒も敵のステータス確認もできる」

「それは確かに助かる……!」


 アマネは何もない場所ならクラフト能力が便利だと思った。カイトは自分の得意を選んだ。そしてリクは考えた末、情報が得られるゲームを取った。何だかんだ三人の中で司令塔はリクなのである。


「じゃあ迷子になる心配はないね!」

「ちょっと待て」


 駆け出そうとしたアマネの後ろ首をリクが捕まえた。


「ちゃんと敵がいない方へ案内するから、勝手に飛び出すんじゃない」

「ごめ」


 笑って誤魔化すアマネを放して、リクは進路を指差した。

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