第5話 生まれ来る世界

 500円玉ショックのあと、三人はアマネが建てた足場に登った。周囲の地形を確認するためだ。スタート地点であるこの場所は、比較的安全なのだろう。だが、もっと条件のいい場所があるなら、明るいうちに移動したい。


「少なくとも水は確保したいんだが」


 言いながらてっぺんまで上がったリクが唸った。見渡す限りの荒野で、その先は霞んで見えない。左右を見てもどこも同じような感じで、より良いと言えそうな場所はなかった。


「あれっ?」


 反対側を見ていたアマネが声を上げる。彼女がまじまじと見ているのは、足下にある透明な水をたたえた池だった。


「ええ? 嘘っ、いつの間に? あたしが壁立てた時には池なんてなかった!」


 最初に目覚めたのはアマネだ。起きてすぐシステムの動作確認をし、拠点の防御を固めようと動いた。その時周辺も見ている。荒野と多少の草、低木が少々といった感じで、水場などありはしなかった。


 だが今振り向けば仮拠点のすぐ近くにそこそこ大きな池がある。カイトがズムトと戦っていたのは反対側だったから、気付いたのは今になってからだ。


「あの大きさならさっき跳んだ時気付きそうなもんだがなあ」

「カイトも見てないの?」

「うん」


 リクが手でひさしを作って空を見上げている。


「なあ。お前たち空は見たか?」

「え?」

「そういや……」

「……こんな天気だっけ?」


 アマネが首を傾げる。さっきまで薄ぼんやりした印象だったはずなのに、顔を上げれば太陽が眩しく輝く青々とした空が広がっている。


「現在進行形で【コトワリ】が浸透していってるのかもしれないな」


 女神ティエラは世界は混沌としていると言っていた。そこに【世界のコトワリ】を定着させるために三人はこの世界に来た。自分たちはここにいるだけで、自然とコトワリが世界に適用されていくのだと。


「生きていくために水が必要だと考えたから、水というコトワリが強く出たのかもしれない」

「それで池ができたっていうのか?」

「アマネもお前も見てないんだろう? ならそういうことも考えられると思ってさ」


 三人は話しながら足場を降りた。


「世界を構成するコトワリなんて途轍もない情報量に決まってる。ベース部分をインストールするだけでも時間がかかるのはおかしくない。俺たちが生きられるように、必須の部分から順に適用されている可能性もある。地面や空気がなければ困るだろう?」

「あー……そっか、ホントに何もなかったらそこからになるな」

「リクは順番に色々生まれてくるって思ってる?」


 リクは黙って仮拠点の一角を示した。振り向いたアマネが叫ぶ。


「えっ、リンリンゴの木!?」


 とりあえず組んだだけの箱家の横に、緑の木が一本立っていた。枝には丸く赤い実がたわわに生っている。鈴なりに生るリンゴだからリンリンゴ。『クラフトオーダー』に出てくる食用の果実だ。当然発見したのは今。


「いつの間に……」

「さっきまでなかったものが振り向いたら存在している。こんな経験はそうそうできないぞ。さすが女神の御業といったところか」

「食べられる……よな?」


 甘い匂いが漂ってきて、カイトが鼻をひくひくさせた。


「ゲームでは食べられたのだから問題ないだろう。安心して食べられる食料を用意してくれたのはありがたい。最初にアマネが目覚めたのも、自活しやすいように生産系から適用を始めてくれたのかもな」

「なるほど。起きた時にはもう安全確保されてたもんな!」


 アマネはリアルでゲームシステムがそのまま使えることにテンションを上げて、欲望のままに行動しただけだ。だがそれがなければズムトは何にさえぎられることもなく、直接三人に襲い掛かっていただろう。堀があったために不意打ちされることもなく、余裕をもって対処できたのだ。順番が逆だったら、眠る二人をカイト一人で守らなければならなかったかもしれない。


「色々考えてくれたのね、女神様」

「よし、味見、味見♪」


 するすると木に登ったカイトが、もぎ取ったリンリンゴをかじって破顔した。アマネも走って行ってブロックで足場を作り、収穫を始めた。


「美味いぞ、これ! ゲームの時より全然美味い!」

「そりゃVRでの味覚の再現度はまだ発展途上……って! カイト! 三日たたないと次の実はならないのよ! これ三日分の食料なんだからっ!」

「あだっ!」


 次々とリンリンゴに手を伸ばすカイトの頭を張って、果実をインベントリにしまい込むアマネ。きちんと着果のCTクールタイムも把握している。拠点の管理はアマネに任せておけば安心だ。


 水と食料が確保できるのならここを離れる理由はない。暮らしていくにはまだまだ足りないものも多いが、そもそもあらゆるものがこれから存在しようとしている。今慌てても仕方がなかった。


 傾き始めた太陽を見て、リクが言った。


「とりあえず環境の変化を待つか。今は過ごしやすいが、夜はもっと冷えるだろうな」

「あー……オレはスーツがあるから多分大丈夫」


 設定上、カイトは戦闘を想定した惑星探査用のスーツを着ている。おそらくは高温から零下まで問題ないだろう。「未来SFずるい」とぼやいたアマネは、インベントリを眺めながら作業台の前に立った。


「とりあえず今あるもので寝床作るね」


 クラフターとして何もなしというのは許せなかったらしい。アマネ渾身の草ベッドのおかげで、三人は転生初日から地面でごろ寝というのは免れたのだった。

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