第4話 ファーストバトル

 アマネが足場を下りると、男子たちも目を覚ましていた。周囲の様子を見てアマネがやったと察したのだろう。速攻リクが説教を始める。


「一人で行くな! せめてどっちかを起こして連れて行け!」

「え、なんで?」

「敵に襲われたらどうする?」

「あ」


 すっかり忘れていた。アマネは今更ながらに顔色を失くす。VRMMOは実現されたとはいえ、未だ進歩の途上。五感の再現はせいぜい二十点といったところだった。だからリアルそのままでゲームができる興奮に我を忘れていた。


「ゲームシステムが適用されたからといって、都合のいいものばかりが現実になるわけじゃない。敵は可愛い奴ばかりじゃないんだ」

「ごめんなさい……」


 しゅんとするアマネ。建築や生産をメインとする『クラフトオーダー』の敵はあまり強くはない。見た目もファンシーで可愛らしいデザインだ。そもそも敵を倒してレベルアップするゲームではないため、アマネの戦闘力は一般人レベル。


 だがリクとカイトが持ち込んだゲームは別系統。クラフト色の強いアマネに対して、リクとカイトは戦闘系のゲームを選んだ。リクが言うのはそういう意味だ。


 どうやらコストが一番かかるのは適用することそれ自体で、内容については誤差レベルらしい。三人分は三人分なので、労力はそれほど変わらない。そのため女神は各人それぞれのリクエストに応じてくれたのである。


「まあまあ、俺たち寝てたわけだし。次から気を付けるよな、アマネ」


 カイトが間に入って取り成す。体にぴったりとした動きやすそうなスーツ。要所はメタリックな素材で保護され、グローブとブーツには蛍光色のラインが走っている。手首のブレスレットは通信だけでなく、時計やバイタルチェック機能もあるのだと設定資料で見た。デザインも素材も布服のアマネとは明らかに世界が違う。


 アマネはこくこくと頷いた。リクは表情を和らげる。


「元々邪神の残滓がモンスター化するって聞いたから戦闘は覚悟していたが、アマネに戦わせるつもりはないぞ。……カイト」


 リクはカイトに向かって窓代わりの穴を指差した。カイトが窓に近づく。


 土を切り出した後の深い空堀。その向こうでうぞうぞと歩き回っているのは、赤と黒のカラーリングの四つ足の蜘蛛のような生き物だった。こちらの様子をうかがってはいるが、堀を飛び越えることはできないらしい。


「うひゃん!? あれってもしかしてズムト?」


 窓からそれを見たアマネが後退った。念のため外とつながる足場を壊しておいてよかったと思う。


「だねー。女神様、再現度高っ!」

「カイト、行けるか?」

「もっちー」


 カイトはぴょんぴょんと軽くジャンプしながら、にやりと好戦的な笑みを浮かべた。この敵はカイトの領分だ。


 『スターシップ・オデュッセウス・オンライン』――略称『SOO』。移民を乗せた巨大宇宙船団が、安住の地を探して宇宙を旅するという設定のSFアクション。プレイヤーは惑星探査に赴き、未知の生命体と戦いながら調査を進めていく。三人が事故に遭ったあの日、行こうとしていたのはこの『SOO』のイベントだ。


 三人はそれぞれ得意分野が違うが、だいたいは一緒に同じゲームを遊んできた。『SOO』は基本プレイ無料のオンラインゲームだったから、特に抵抗もなく三人とも手を出した。なので敵の見分けはつくし、戦い方も熟知している。


 ズムトというのは一番最初に出てくる敵だ。特殊攻撃もなく、レベル1で遭遇する相手である。


「カイトちっちゃくなってるけど大丈夫?」

「え? あー、ステータスに問題はないけど」


 言われたカイトは自分のステータスを確認して答えたが、わずかに眉を寄せてリクがたずねる。


「遠距離攻撃は可能か?」

「まだない。クラスがソルジャーだから、マハトもないしな。レベル1のシングルクラス」

「やっぱり初期状態か。どうリアルに反映されてるのかわからないから、無理はするなよ」

「へーきへーき。何とかなるって」


 カイトはひょいと窓に足をかけると、壁を蹴って堀の上を飛び越えていった。リアルとかけ離れた動きにアマネが目を丸くする。


「うわあ」

「……システムのせいとはいえ、さすがアクションゲーだな」


 『SOO』の惑星探査員プレイヤーは、特殊能力に目覚めたある種の超人だ。一般人よりも身体能力が高く、マハトと呼ばれる魔法じみた超能力を身につけることができる。


 最初に選べるキャラクタークラスはソルジャー・ガンナー・マハティ・エンジニアの四種。チュートリアル後はメインクラスに加えてサブクラスを選ぶことで、複数のタイプを組み合わせることができる。ソルジャーは接近戦が得意で扱える武器種が一番多く、使い勝手もいいデフォルト職だ。


 カイトは狙いすましたように一匹のズムトの上に着地した。子供の体格で体重もさほどないはずだが、速度が乗っていたのかズムトは踏ん張り切れずべしゃりと潰れる。


 機先を制されて浮足立つズムトを尻目に、カイトは軽やかに再度ジャンプ。人間が跳ぶ高さではないが、華麗にくるくると回るカイトはとても楽しそうだった。


「ひゃっほい!」


 上空から数を確認したのか、地に降りたカイトは前傾姿勢でズムトの群れに向かって駆け出す。


 カイトが伸ばした手にシュンと光の粒子が集まり、子供の手にはいささか巨大すぎる大剣が現れた。武器庫から転送されてくるという設定なので、手ぶらに見えても武装はしているのだ。金属の鈍い輝きを放つ直線的なデザインは、SF世界らしく未来的で機械文明を色濃く主張していた。


 刃に当たる部分は青白い力場で構成されている。PSY-Gと呼ばれるこのエネルギーはプレイヤーたち『選ばれた超人』の証。武器に沿わせて、あるいは身体強化の根拠として、そして超能力マハトの源泉として使われるご都合満載の謎エネルギーであった。


「おおお!」

「ほう?」


 観戦している二人が見守る中、カイトは大剣を両手で構え左右に一閃、二閃。一瞬後わらわらと獲物を囲もうとしていたズムトは、胴の半ばほどから上下に切り分けられ、バラバラのパーツとなって地面に転がった。しゅわしゅわと黒い粒子となって消えていく。


「エフェクトはゲームそのままだな」

「あ、箱! 箱落ちてる!」


 アマネが指さす。淡い光に包まれて宙に浮遊する小型のコンテナ。いわゆるドロップ品だ。


 カイトがそれに触れると、コンテナは空気に溶けるように消えた。


「何? 何が出たの!?」


 うきうきと窓から身を乗り出すアマネに、カイトは表情の抜け落ちた顔で振り向いた。


「どうした?」


 ただならぬ様子にリクが真剣な声音でたずねる。


 ぽてぽてと、さっきの機動力は何だったのかという脱力した体で戻ってきたカイトは、二人に向かって手を開いた。


 そこにあったのは見覚えのある丸いコイン。


「……500円硬貨……?」

「円! 円ってなんでだよ!?」

「ゲーム通貨は円に統一されたということか……?」


 さすがのリクも困惑顔で考え込む。『クラフトオーダー』には通貨が存在しない。『SOO』は電子マネーで単位はセルだったはず。現金がドロップするにしてもプリペイドカードのはずだ。


「そもそもショップどこにあんの?」


 現状使いどころのない現ナマよりも、装備品が欲しかった。落胆を隠さないカイトに誰も答えられなかった。

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