第3話 起きて最初にやること

 ぽやんとした気分。自然に朝起きるような感覚でアマネは目を覚ました。体を起こす。


「ん……あれえ?」


 思ったより甲高い自分の声に驚いて飛び起きる。手をかざせば見慣れない小さな手。立ち上がっても視線は低く、細い足は頼りない。目の前に垂れてきた髪は、金髪になっていた。アマネは前髪をつまんで独り言ちる。


「女神様に言われた通り、か」


 両隣にはやはり見慣れない色味の髪をした小さな少年が二人眠っている。青い髪がリクで、赤い髪がカイトだ。面影はあるが、幼い姿アバターは正直言って可愛い。


「あたしが最初に目を覚ましちゃったのね」


 周囲を見回すと、荒涼とした平原。所々に岩やうっすらとした緑が見えるが、正直目ぼしいものは見当たらない。


「おおう……いきなり第四章からスタートした気分……」


 そんな言葉がするりと出たのは、あの白い場所で陸が女神と交渉したことを思い出したからだ。


 【リアル以外のコトワリ】と言われた女神は、面白いようにうろたえた。


『えっ? リアル以外って? えっ? どういうことですか?』

「俺たちはこのままでは転生したところで生存も危うい。だから、俺たちの知る【ゲームのコトワリ】を一緒に持っていきたいんです」

『は? えっと、ゲーム?』

「可能ならお願いできませんか? 俺たちはリアルの能力ではたいしたことはできません。だがゲームの中でなら……」


 陸の主張を理解した天音と海斗がぱっと表情を明るくした。


「あ! あたし城でも畑でも作るよ!」

「なるほど! 俺ガンガン戦うぜー!」

「【ゲームのコトワリ】は、俺たちの【リアルのコトワリ】の一部でもあります。人類の文化と技術の結晶ですからね。つまり俺たちが持ち込む【コトワリ】に内包されているものをちょっと引っ張り出すだけです。何もないところから奇跡チートを生み出すよりコスト的にも楽なのでは?」

『ちょ、ちょっと待ってください。ええと……』


 陸は自分たち三人の安全確保と、転生先でのスムーズな文明復興のために【ゲームのコトワリ】……つまりゲームシステムの適用を要求した。


『ゲームって、そんなのできるの? ……ええと、まずあれを……そうすると……ああ、それはダメ! あっ、でもこうすれば……』


 女神は頭を抱えてあれこれと思考を巡らせ始めた。口からいろいろと漏れている。無理難題を吹っ掛けたようで若干心が痛むが、今後に多大な影響があるので頑張ってほしい。真剣に検討してくれている様子に、女神に対する好感度がどんと上がった。


 長考の末、女神は一つ咳ばらいをして頷いた。


『ええ、コホン……わかりました。【コトワリ】が世界を再構成する時、排除された邪神の穢れがモンスターになる可能性は高いですし、自衛の手段がないのは困りますよね……』


 了承が出たことに、思わず三人は小さく感嘆の声を上げる。ゲームを現実に適用するとはさすが女神。その女神は顔を上げると、両の拳を握って強い口調で訴えた。


『ですが! その分転生させるためのリソースがかかります! このままじゃ足りません! 持ち込む【コトワリ】に寄せて、さらに軽量化を図りますからね!』


 顔を真っ赤にして頬を膨らませたティエラは、女神然としていた態度が完全に吹っ飛んでいた。若干涙目だった気がしないでもない。威厳はなくなったが萌えるレベルで可愛かった。


 思い出し笑いをしながらアマネは自分の装備とステータスを確認した。この姿はゲームアバターを思わせるし、子供になっているのは軽量化の結果だろう。だが【システム】に影響はないようだ。つまり体格に関係なくやれることはやれるということ。


「初期装備の布の服に木の棒。初期インベントリ。満腹度は一応MAX! みんなの安全のためにとりあえず掘るぞーっ!」


 握った木の棒を地面に叩き付ける。ピコンと音がして、目の端にインフォメーションが浮かんだ。


『〈土ブロック〉を三個手に入れました』


 同時に目の前の地面が長方形に消失した。アマネは向きを変えて脳内メニューから土ブロックを地面に積み上げる。しゃこーん、しゃこーんとエフェクト音がして、一抱えほどの四角いブロックの柱が出来上がった。


「よっし、作動確認オッケー! まずは安地作成しなきゃ!」


 安全のため空堀を兼ねて四方の地面を掘り返し、アマネは大量の土ブロックを確保していく。掘り進む間に一緒に草や小さな岩を採取。あっという間に四角く掘られた空堀が完成する。ブロックで足場を作って一か所だけ出入りできるようにした。


「低木はっけーん!」


 軽く少年二人を囲む箱を作ったあと、アマネは小走りに低木に駆け寄る。何度か叩いてへし折ると、〈木の枝〉がインベントリに入った。最初から所持していた〈初心者用作業台〉を取り出し、木の枝と小さな岩で石斧を作成。


「これで材木が取れる! 木! 木は……ううん、この辺にはないのか……」


 アマネが意識を取り戻すまでの間に、この近辺は【コトワリ】が適用されたはずだ。だから地面があり、植物が生まれている。ならば木や水もどこかにあるはずだ。そしてそれらは素材として様々に活用できる。アマネが選んだのはそういう【システム】だ。


 アマネが持ち込んだゲームは『クラフトオーダー』。土や岩、草木、果ては水や溶岩まで。あらゆるものをブロック化して建材にし、拠点を強化しつつストーリーを進めていくクラフトRPG。農業や牧畜要素もあり、ソロ用のストーリーモードと、専用フィールドでのオンライン機能を持つ。


 彼女はこれにハマって黙々と巨大な城を建て、海上に立体的に構成した浮遊都市を作成。オンラインモードで招待した陸と海斗をドン引きさせた前科持ちである。


「そうだ、ちょっと上から見てみよう!」


 アマネは堀の内側に戻り、階段状に土ブロックを積み上げて足場を作った。土は素手でも壊せる最弱ブロックだが、人が乗っても壊れない。ゲームならではの不思議仕様だ。谷も水の上も建材となるブロックさえあれば、足場を作ってどこへでも行ける。


 アマネはわくわくと周囲を見回す。異世界にはどんな風景が広がっているのだろう。


「えー……」


 落胆の声が漏れる。アマネの期待とは裏腹に、周囲は荒野が広がるばかりで、その先はぼんやりと霞んで何も見えなかった。

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