第2話 転生難易度
現れた美女はゆるやかに波打つ金髪と海を思わせる青い目をしていた。少女の瑞々しさと成人女性の落ち着きを持つ、どこか不思議な雰囲気の女性だ。
目を丸くして見つめる三人に、女性は愁いを帯びた表情で言った。
『わたくしは女神ティエラ。覚えていますか? あなた方は大型バスにひかれて命を落としました』
「……即死か」
陸は顎に手を当てて眉を寄せた。天音と海斗に向き直り、直立不動で腰を折る。
「すまん。俺がシャトルバスを勧めなければ」
「いやいや、そもそもオレがイベントに行こうって言ったから」
「それならあたしが五分前に来ていたら」
謝罪する陸に、海斗が慌ててバタバタと手を振った。天音も背伸びをして訴える。いくら陸でもあれを予想しろというのは無理だ。責任を問う気はない。
言い合って埒が明かないことに気付いた三人は、苦笑して互いに矛を収めた。女神はそんな彼らを見て唇をほころばせる。
『……よかった。転生の機会を得たのがあなたたちで』
その声に三人は女神がそこにいたことを思い出した。無視して喋っていたことに気付き、急いで向き直りぺこりと頭を下げる。
「「「すいませんでしたーっ!」」」
女神はくすりと笑ったあと、表情を改めた。
『早速ですがお願いがあります。実は、わたくしが管理していた世界が邪神に滅ぼされてしまいました。あなたたちに、その復興をお願いしたいのです』
「復興?」
『もちろん、世界の復興が成れば、相応のお礼はするつもりですが……ご協力願えませんか?』
いきなり邪神とか滅ぼされたとか不穏なワードが出てきた。陸と海斗は互いに顔を見合わせ、それから二人して天音を見下ろした。天音は左側の海斗を見て、それから右側の陸に視線を移す。
「難易度高めの転生?」
「状況にもよるし、与えられる能力にもよる」
サンプルケースをよく知らない海斗だけがきょとんとした表情で首を傾げる。陸が口を開いた。
「おたずねしますが、滅ぼされたという転生先はどんな状況なんでしょうか?」
『邪神は【世界の
「え……」
「ど、どどどどうするの? そんなの!」
「何もないってどういうこと?」
わたわたと天音と海斗が陸の腕をつかむ。空いた手で天音の頭をぽんと撫でた陸は固い声でたずねた。
「そこは、俺たちが生きていけるような場所なんですか?」
『現在、世界には邪神が食べ残した欠片が辛うじて残っています。ですがそれは、
女神ティエラは続けた。
『あなたたちの魂にはあなたたちが生きていた世界の
「俺たちは、そこにいるだけでいいと?」
『そうです。あなたたちの存在そのものが、世界を再生するのです』
天音と海斗はぽかんとしている。陸は顎に手を当てて言った。
「現在地上はフォーマットされた状態。転生することで、そこに俺たちの知識や物理法則をインストールして体裁を整える。そんな理解の仕方で合っていますか?」
『概念的にはその通りです』
「おおお、なるほど!」
「つまりあたしたちはアプリみたいなもの?」
「どちらかというとOSかな」
現代っ子にIT系の例えはわかりやすかった。
『もうひとつ、あなたたちに文明の伝播をお願いしたいのです。混沌の中には人間も含まれています。あなたたちがもたらす
「文明……社会制度や農業や狩猟、工業や生産技術も必要というわけか……」
眉を寄せる陸を見て、女神も目を伏せた。
『わたくしの力は世界の再生に使わねばなりません。人類だけを助けるわけにはいかないのです。なのであまり強力な奇跡を授けることはできませんが、できるだけの援助はするつもりです』
「やってあげようよ。どうせあたしたちもご飯や家がないと困るわけだし」
そう言う天音に陸はしかめっ面を向けた。
「それは難しい相談だ」
「どうして?」
「天音は米の育て方を知っているか? まず稲を探すところから始めなければならないかもしれないが」
「え?」
「家をどうやって建てる? 適した木材を見分ける方法は? 掘っ立て小屋レベルなら何とかなるかもしれんが、そもそも木を切り倒す道具がなければそれもできない」
「あ……」
陸の言いたいことを悟った海斗が頭を抱える。
「そうだな……オレたち、農業なんてやったことねえ。テレビもスマホも使い方は知ってるけど、具体的にどうやって作るのかなんて全然わからねえや」
「俺たちには、そこまでしっかりした知識も経験もないんだ。確かにゼロから文明を起こすよりはマシだろうが……」
多くの人間が積み上げてきた文明を享受するだけで、何かを作り上げたことはないのだ。陸はそこで一旦言葉を切り、天音と海斗を見た。
「正直難易度的にはヘルやルナティックだ。俺たち自身がまず生き延びられるかどうか」
「だよなあ……」
転生したとして、まず水と食べ物を探さなければならない。安全な場所はあるのか。三人いることは幸いだが、誰かが怪我をしたり病気になったらどうすればいいのか。診てもらう病院などないのだ。他人を助ける余裕などいつになったら生まれるやら。
「ゲームであんなに生産やったのに」
うつむいた天音がぽそりと呟いた。それを聞いた陸がはっと目を上げる。
「女神様。俺たちは【世界の
『……はい?』
女神は小首を傾げ、美しい顔に困惑の表情を浮かべた。
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